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原貫太公式ブログ「世界まるごと解体新書」

アジア・アフリカでの活動からニュース解説記事、ライフハックまで。原貫太が世界をまるごと解体します。

読売新聞・神奈川新聞・湘南ジャーナルにインタビュー記事が掲載されました

皆さま、ご無沙汰しております。ブロガーを気取っておきながら、前回の更新から1週間が経ってしまいました。ここ最近は兎にも角にも忙し過ぎて記事を書く時間が全く取れなかったわけです。身体がボロボロです。

 

ここ最近、新聞や地元紙にインタビュー記事を掲載して頂いていました。まとめてブログでも報告したいと思います。

 

2017年5月12日 読売新聞

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読売新聞様で、地方面にインタビュー記事を掲載して頂きました。さすが大手ということで、掲載後たくさんの方から反響がありました。電話やメールでの書籍の注文がたくさん入った他、講演の依頼なども入れて頂きました。

 

2017年5月26日 神奈川新聞

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社会面の実に4分の1を占めるほど大きく載せて頂きました。写真もそれっぽい雰囲気を醸し出していて大変気に入っています。電子版は以下リンク先よりご覧になれます。

www.kanaloco.jp

 

2017年5月18日 湘南ジャーナル

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アフリカでの活動のみならず、私の過去についても触れて頂きました。小学校時代不登校だったこと、高校生で大きな挫折を二つ味わったことは、今の自分を奮い立たせる一つの原動力になっています。電子版は以下リンク先よりご覧になれます。

www.shonan-journal.com

"Unity in Diversity"-「多様性の中の繋がり」から考える組織づくり

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"Unity in Diversity"-「多様性の中の繋がり」。

 

私が尊敬する国際協力のプロであり、インターン先の認定NPO法人テラ・ルネッサンスで理事長を務めている小川真吾さんも良く使っている言葉だ。

 

「多様性」(Diverisity)が尊重されるべきである一方で、「みんな違ってみんな良い」で終わらせてしまうのではなく、多様性が尊重される中でも同時に「結束」(Unity)することの価値を謳うこの言葉は、グローバル化が進展し、様々な価値観や意見が衝突し合う今日における平和を考える上で、大きな鍵を握っていると思う。

www.kantahara.com

 

コンフロントワールドの代表に就任してから、3週間が過ぎようとしている。私は、新しく組織を立ち上げていくにあたって、「一方的に代表(立場上は上位の人間)が指示を出して他スタッフ(立場上は下位の人間)がそれに従うだけの組織」ではなく、「個々人が組織の一員としての責務を果たしながらも、それぞれの関心、強み、専門領域を活かし、ひとり一人がオーナーシップを持ち活動できる組織」を作りたいと考えている。

 

個々が組織の中でそれぞれの役割(パート)を担う一方で、ひとり一人のバックグラウンドや自主性を重んじた方が、結果的には何かのリスクに晒された時もそれに柔軟に対応できる、レジリエントな組織になっていくのだ。

*レジリエンス…「困難な状況にもかかわらず、しなやかに適応して生き延びる力」

 

ひとり一人のバックグラウンドや自主性を重んじ」るのは、"Unity in Diversity"ではまさに"Diversity"に相当する部分だ。「組織の多様性を重んじる」とも言い換えられるかもしれない。

 

では、"Unity"、つまり組織の構成員であるスタッフが「結束」すべき部分はどこかというと、いわゆる"Fundamental Philosophy"(根本的な哲学)にあたる「ビジョン」「ミッション」「バリュー(理念)」。特に「ビジョン」は、その組織が存在する根源的意義であるし、何を目指しているのか、様々なバックグラウンドを抱えるスタッフたちが向く方向性を揃えるためにも、しっかりと共有するべき哲学だ。

 

コンフロントワールドが掲げるビジョンは「不条理の無い公正な世界の実現=必要最低限の生活と権利が保障され、ひとり一人が尊厳を持ち、自分で未来を決められる社会の実現」。毎回の会議では、まず最初にこのビジョンを全員で唱和し、「"公正"とは?」「"尊厳"の定義とは?」など、10分程度の議論を必ず行う。これによって、ひとり一人が主体的にビジョンを考えることへと繋がり、そこでの「結束」が生まれてくる。

 

"Unity in Diverisity"は、組織の在り方を考える上で重要な考え方かもしれない。

世界で最も急速に深刻化する難民危機-国連「南スーダン難民支援、資金86%不足」

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写真:コンフロントワールド

 

先月から自衛隊の撤退が始まった南スーダン。今月末までの数回に分けて、施設部隊の約350人全員が帰国する。

 

自衛隊が南スーダンから撤退していくにあたって、一部の活動家やジャーナリストは日本国民の同国に対する関心が薄れていくことを危惧している。その南スーダンでは、故郷を追われ周辺国へと逃れた難民の数が180万人を超え、「世界で最も急速に深刻化する難民危機」とまで呼ばれるようになった。

 

今月8日には、2013年12月に勃発した紛争によって家を追われ、国内外で避難民になった子どもが200万人を超えたと国連児童基金(ユニセフ)と国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が発表している。難民(=国外に脱出した避難民)、国内避難民となった子どもがそれぞれ100万人以上おり、実に南スーダンの子ども約5人に1人は家を追われている計算になる。

 

今月16日のRadio Tamazujによれば、スーダンの東ダルフールに位置するコリオ難民キャンプにて、今年2月以降だけでも南スーダン難民359名が飢餓や病気によって亡くなっている。約50,000人を抱えるコリオ難民キャンプでは毎日5人ものペースで難民が病死するなど、深刻な人道危機が続いている。

 

現在最も多くの南スーダン難民が避難しているのは、南に接する隣国のウガンダだ。約90万人もの難民が滞在しており、昨年7月に紛争が再燃してからは1日に2,000~3,000人もの難民が流入するなど、すさまじいペースで難民が生まれている。

 

国連ニュースセンターの発表によれば、周辺国に逃れた南スーダン難民の支援には2017年末までで総額14億ドルが必要とされているが、現在までにはたった14%しか調達できておらず、実に86%にあたる約12億ドルが不足している。

 

自衛隊を巡る議論が日本で盛んだった頃、私がウガンダ北部からツイートした南スーダン難民居住区の様子などは多くの人に拡散され、日本社会の関心が南スーダンの紛争に向けられていたことを強く感じていた。

 

自衛隊が撤退すれば南スーダンに関する報道は大きく減ることが予想されるが、自衛隊撤退によって南スーダンの人々を囲む人道危機が終わるわけでは当然ない。今年夏から国際協力団体コンフロントワールドとして支援事業を立ち上げていく身としても、引き続き同国の状況に目を向け続けたい。

NPO・NGO/国際協力を志す高校生・大学生・社会人にオススメの本

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最近、代表を務める国際協力団体の後輩、他団体の学生、講演会参加者、SNSのフォロワーなどから「オススメの本を教えてください」と訊かれることが非常に多いので、以下にNPO・NGO/国際協力を志す高校生・大学生・社会人にオススメの本を列挙します。

 

私は書評を書くのがそれほど上手くないので、紹介文は簡単に。ぜひAmazonでチェックしてみて下さい。

 

『ぼくらのアフリカに戦争がなくならないのはなぜ?』

当ブログやSNSで何度も何度も紹介している一冊。著者はアフリカで元子ども兵や紛争被害者の社会復帰をこれまで10年以上行ってきた認定NPO法人テラ・ルネッサンスの理事長小川真吾さん。アフリカの紛争を「正しく」理解するためには、絶対に絶対に読んでほしい一冊です。僕は今6周目を読んでいます・・・。

 

『本当の戦争の話をしよう: 世界の「対立」を仕切る』

最近読んだ本の中では一番面白かった。紛争や平和構築の本当の姿と共に、目まぐるしく変わる国際情勢における日本人の立ち位置を再確認。著者はシエラレオネやアフガニスタンの現場で武装解除をしてきた「紛争屋」伊勢崎賢治さん(東京外国語大学教授)。文量もかなりあるので、読了後はお腹一杯になります。

 

『絶対貧困―世界リアル貧困学講義』

バングラデシュでストリートチルドレン問題に取り組んでいた時に、何度も何度も読み返した本。「本当の貧困の姿は現場に行かなければ知ることはできない。読書や机上の勉強では分からない。」と良く言われるが、このルポタージュからはその「リアル」がマジで伝わってくる。「貧困の現場」を良く知る者としても納得できる一冊です。

 

『国際協力師になるために』

こちらも当ブログで度々薦めている一冊。「国際協力を仕事にしたい」「国際協力のプロになりたい」と思ったらまず最初に読むべき一冊。仕事としての国際協力を知らないのは本当にもったいない!けど、具体的な仕事の種類やそこまでのプロセスを知ることのできる機会なんて、ほとんど無いですよね。じゃあ、これ読んでください。

 

『「国際協力」をやってみませんか?―仕事として、ボランティアで、普段の生活でも』

これまた国際協力の"Professional of Professional"である山本敏晴さん著作の一冊。私自身「国際協力」という言葉の定義を今一度再考しているが、何もアジア・アフリカの現場に足を運んで支援活動を行うことだけが国際協力ではなく、それこそ仕事として、ボランティアで、普段の生活でも実践できるものなのかもしれない。

 

『こうして僕は世界を変えるために一歩を踏み出した』

今も昔も変わらぬテラ・ルネッサンス創設者鬼丸さんの純粋な想いが綴られていて、心に残る一冊でした。未来を決めるのは誰でもなく、自分。「自分が本当にやりたいことは何だろう」「自分が作りたい世界/社会は何だろう」と考えるきっかけを与えてくれ、そして挑戦することの「ワクワク感」を得られる一冊。個人的には、NPO/NGOを立ち上げていくイメージも与えてくれた。

 

『裸でも生きる――25歳女性起業家の号泣戦記』

バングラデシュで「途上国発バックブランド」を立ち上げた山口絵里子さんの自伝エッセイ。「こんなスゲェ人がいるのかwww」と、思わず読みながらニヤツイてしまった一冊。「自分だってやれるはず」と背中を押してもらえる一冊。

 

『改訂版 ファンドレイジングが社会を変える (非営利の資金調達を成功させるための原則)』

NPO関係者は必読の一冊。ファンドレイジングは「ファン度」を「上げる」ことだとこれまで考えていたが、それよりもさらに深い所まで学ぶことが出来た。僕もファンドレイジングの魅力に憑りつかれてしまいそうです。

 

『非営利団体の資金調達ハンドブック』

『ファンドレイジングが社会を変える』では「ファンドレイジング哲学」から「ステップと技」まで幅広く学べる一方で、こちらは「お礼状の書き方」から「寄付者の心理」まで更に細かいことを学べる一冊。NPOのファンドレイジング責任者は手元に置いておくべき必需品ですね。

 

『NPOの法律相談――知っておきたい基礎知識60』

法人設立、契約、資金集め、スタッフ管理、事業拡大やトラブル対応まで詳しく教えてくれる、NPO法人の経営・運営に関わる人にとっては頼り処になる一冊。Q&A形式なので必要な所だけを選んで読むことも出来る。図解を使った解説など、初心者にも分かりやすい。

  

『改訂3版 P2Mプログラム&プロジェクトマネジメント標準ガイドブック』

特にアフリカ・アジアの現場におけるプロジェクトを立案・管理するために、私自身もっと勉強しなければならないと考えているPCM(プロジェクト・サイクル・マネジメント)手法。私はまだ手は付けられていないのだが、インターン先のNGOテラ・ルネッサンスの先輩にオススメして頂いた本。近日中に手に入れたい。

50m自由形37秒だった僕が、たった2年間で競泳全国中学に出られたわけ(努力論)

中学生・高校生の頃、僕は水泳小僧だった。当時はアフリカの紛争やアジアの貧困には全くと言っていいほど興味がなく、とにかく水泳ばっかりやっていた。

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真ん中の宙に浮いている黒人マッチョが僕です

 

僕が水泳を本格的に始めたのは中学1年生になってから。小学4年生の時にも1年弱スクールに通っていたが、いわゆる「泳ぎを習う」コース。最後の3か月だけ選手コースに所属したが、当時の僕はまだバタフライが泳げなかった。小4の終わり頃には受験塾に通うため水泳スクールは辞めて、そこから中学入学までは水泳に全く触れなかったので、実質は中学入学と共に初めて水泳に手を出したといえる。

 

中学校の水泳部に所属してすぐに測った50m自由形。25mプール(短水路)をクロールで一往復だけ。その時の記録は37秒8

 

水泳関係者なら当然分かると思うが、決して、決して速くない。全国中学の派遣記録は25秒79。しかもそのタイムは、50mプール(長水路)で出す必要がある。一般的に、壁を蹴ることのできるターンが途中で入る25mプールの方がタイムは速くなると言われている。大体、0.2~0.3秒だろうか。

 

50m自由形は、競泳種目の中で最も短い距離の種目だ。故に、タイムを上げるのも一番難しい。しかし僕は、2年後の全国中学校水泳競技大会神奈川県予選会で25秒74をたたき出し、見事全国大会への出場権を獲得する。(書いててめっちゃ懐かしくなってきたwww)

 

なぜ1年間で10秒、2年間で12秒半タイムを伸ばせたのか

この伸び率は、どう考えても異常だ。全国中学出場者のほとんどは小学生の頃からスイミングスクールに通い、選手としてバリバリ練習してきた人がほとんど。その中で、なぜ無名の湘南ボーイが県6位に入賞した上に全国中学の切符を掴めたか。

 

 

「努力」と「環境」 、です。

 

水泳に「恋」した僕は、もうとにかく練習しまくる。部活やスクールで練習するのはもちろん、休みの日も市営プールに行っては自主練習。練習内容は全てノートに記録し、先生と一緒に分析。練習後は家に帰ってチューブを2000回、腹筋背筋500回。トレーニング後には必ずプロテイン。風呂上りにはストレッチを30分~1時間。空き時間にはスイミングマガジンを端から端まで読破。録画した日本選手権の映像を再生しては一時停止を繰り返し、気になった点をノートにまとめてこれまた分析。

 

とにもかくにも、凄まじく努力した。もう、こんなブログ記事なんかには書き切れません。中学生の僕はとにかく凄かった。練習の鬼だった。多分、あれだけストイックに水泳と向き合っていた頃があるから、今「国際協力」とも真摯に(というかストイックに)向き合えているんだと思う。

 

ただ、"50m自由形37秒だった僕が、たった2年間で競泳全国中学に出られた"のは、もう一つ大きな要因がある。それが、環境

 

いきなりだが、僕の叔父さんはオリンピック選手だった(マジで)。1976年モントリオール五輪の100mバタフライで7位に残っている。いわゆる、オリンピック・ファイナリスト。

 

父親も現役の頃は日本代表、また指導者としても某有名大学でコーチ・監督を長年務めていた。ちなみに、おじいちゃんは元国体選手らしいです。

 

これだけ聞くと「いや、遺伝だろw」と言われるかもしれない。まぁ、遺伝も確かにあると思うが、それよりも大きいのが努力できる"環境"に自分の身を置くことが出来ていたことだと思う。父親はトレーニング内容を考えてくれたり、試合を見に来てはレース運びにアドバイスをくれたり、その他諸々叱咤激励してくれた。水泳ド素人の母親もそれに影響を受けて栄養学を徹底的に勉強し、食事メニューや摂取するべきサプリメントを管理してくれた。

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高校生の頃

 

中学時代の僕の水泳伝記を綴ってもつまらないので、この「努力と環境」について少しそれっぽいことを語ると、「質の高い努力を継続するためには、自分の身を置く環境が大切だ」ということだ

 

僕が中学時代に死ぬほどの努力を続けられたのは、専門的知見からアドバイスしてくれる父親、朝練の時も早くに起きてご飯を準備してくれる母親はじめ、「一緒に全国中学に出よう」と夢を見続けた水泳部の同期など、身を置く環境が良かったからだと思う。この環境が無かったら、絶対に全中には出場できていない。

 

 

ここから「国際協力」の話へと繋げる。(何でも「国際協力」と結びつけますよ~)

 

誰だって(アジア・アフリカの)現地へと足を運び、紛争、貧困、人権侵害、環境破壊といった"不条理"と対峙すると、「世界のために、困っている人に何かしたい」と感じるはずだ。いわゆる"気づき"を持ち、「努力」したいと思うはずだ。

 

しかし、大切なのは"気づき"を持つことではなく、"気づき"を持ち続けること。スポーツに取り組む人だって、「国際協力」に取り組む人だって同じ、努力しようと思えるだけの"気づき"を持ち続けることが大切だろう。

 

このブログを読んでいる人の中には、もしかしたら心に火が付きそうになっている人もいるかもしれない。でも、ちょっと頭を上げて周りを見渡してほしい。フツ―に日本社会は回っている。日本の「あたりまえ」が、そこら中に転がっている。

 

ポリオ(小児性まひ)を患っているのに物乞いに利用されるバングラデシュの少年や、目の前で両親を銃殺された南スーダンの少女と現地で直に会い話をしている僕は、きっと誰よりも"気づき"を持ち、そして誰よりも熱い心を持っているだろう。そんな僕であっても、サークルで盛り上がる男女を横に早稲田のラウンジでこの記事を書いていると、その"気づき"や熱い心に、一瞬冷水が注がれそうになる。

 

 

だからこそ、質の高い努力を続けるためには、自分が身を置く環境が大切だと思うのだ。スポーツに取り組む人も、「国際協力」に取り組む人の、もし「一歩」を踏み出せずに留まっているのなら、環境を変えると良い。

 

例えば、私が代表を務める国際協力団体コンフロントワールドにボランティアとして関わることも環境を変えることに繋がるかもしれないが、もしそれだけの時間が取れないのであれば、単発の講演会に参加することも(一時的ではあるが)環境を変えること、環境を創ることに繋がる。もしくは、今私たちが生きる時代は便利なもので、(私含めて)「国際協力」に携わる人のTwitterFacebookを継続的にフォローすることもまた、ソーシャルネットワーク上ではあるが「環境」を変えることに繋がる。

 

「質の高い努力を継続するためには、自分の身を置く環境が大切」。スポーツをする人でも、「国際協力」に携わる人でも、身を置く環境について、しっかりと考えたい。

 

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相変わらず肩幅は広いまま(逆三角形!)だけど、最近階段の昇り降りで息が上がる…。水泳再開したいな。

 

 

 

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加害者であり被害者である子ども兵-紛争の悪影響は時空を超える(南スーダン難民)

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photo by hdptcar

 

ひと度紛争が起きれば、その国では多くの人々が傷つき、家を追われ、そして犠牲となる。2016年12月に勃発し、昨年7月に再燃した南スーダンの紛争では、現在約90万人が難民としての生活を強いられており、今月8日には国連児童基金(UNICEF)と国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によって、故郷を追われた子どもの数が200万人を超えたことが発表されている。

 

紛争当事国での被害が甚大である一方で、時間・空間を超えた二次、三次の被害もまた甚大であることを、私は一つのニュースから痛感した

 

南スーダン生まれの「元子ども兵」であり、PTSD(心的外傷後ストレス障害)を抱えるカナダ在住の男性が、働いていたファストフード店のレジから現金253ドルを盗んだ疑いで逮捕された。3年間の執行猶予付きで、懲役80日間の判決が下されている。カナダの地方紙Medicine Hat News(MHN)が報じている。

 

MHNの報道によれば、男性は他にも詐欺の疑いで逮捕されているが、男性の弁護人は"犯行の動機は紛争が続く南スーダンで苦しい生活を送る家族を支えるためだった"旨を指摘している。男性は幼い頃、南スーダンで強制的に子ども兵にさせられ、その後難民となってカナダへとやって来ていた。子ども時代に紛争を経験したことによって患った精神疾患が、彼を今回の犯行に駆り立てた一つの要因になったとみられている

 

 

私がウガンダ北部で出会った元子ども兵たちも、そのほとんどが幼い頃、ある日突然誘拐されたことで強制的に兵士にさせられている。人生で初めて出会った元子ども兵アイーシャさんは、2000年12月に反政府組織「神の抵抗軍」に誘拐され、少女兵になった。

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1980年代から活動を開始した「神の抵抗軍」は、ウガンダ北部で殺害や誘拐を繰り返し、3万人もの子どもを誘拐して兵士へと仕立ててきた。地元の村を襲撃させたり、新たに子どもを誘拐させたり、家族を殺害させたりなど、司令官たちは子ども兵たちに残虐な行為を強要してきた。中には、最初の任務として母親の腕を切り落とすことを強いられた子ども兵もいた。

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西アフリカのシエラレオネという国でも、子ども兵問題は深刻だった。ゲリラ組織は村を襲い、子どもの目の前で親を殺害。ショックを受けた子どもをそのまま拉致して基地へ連れて帰り、訓練を受けさせて兵士へと仕立てていった。洗脳教育や麻薬によって人を殺すことの抵抗感を無くさせ、まだ「純粋」な子どもたちは、ゲーム感覚で人を殺す「殺戮マシーン」へと変貌を遂げていった。シエラレオネ内戦については、レオナルドディカプリオ主演の有名な映画『ブラッドダイヤモンド』(紛争の資金調達のため不法に取引されるダイヤモンド、いわゆる紛争ダイヤモンド)がある。ぜひチェックしてみて欲しい。

 

しばしば、「子ども兵は加害者であり、そして被害者でもある」と言われる。子ども兵によって襲撃された地元の人間や家族を殺害された人間にとっては、たしかに子ども兵は加害者だ。しかし、その一方で「ある日突然誘拐された」子どもたちは、そのほとんどが自分たちの意志で兵士になったわけではない。反政府組織やゲリラ組織に従うしか生きる道が残されていない時、自分で選択を下す権利がない時、私たちが彼らを責めることなどできるのだろうか。彼らは、間違いなく被害者なのだ。

 

昨年10月のBBCニュースによれば、現在の南スーダンでは1万6千人もの子どもが「武装勢力」に所属しており、また昨年12月には、2016年だけでも約1300人の子どもが武装勢力に徴用・徴兵されたとユニセフが発表している。

 

南スーダンでは反政府組織のみならず、政府軍でも子ども兵士を徴用・徴兵していることがヒューマン・ライツ・ウォッチによって報告されている。わずか13歳の子どもまでもが、「兵士」になっている。

 

紛争はその場における一次的なもののみならず、二次、三次と時間・空間を超えて甚大な悪影響をもたらす。今の南スーダンには、どれほど「被害者」である子ども兵がいるのだろうか。南スーダンの紛争は終結する兆しが見えないが、仮に紛争が終わったとしても、二次、三次と悪影響を受ける人々はどれくらいいるのだろうか。

 

私がウガンダ北部で出会った南スーダン難民の人々。彼らのこれからを、どうしても考えてしまう。

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誰だって「起業」できる時代-「労働、価値、お金、幸せ」に対する再考

一昔前までアルバイトをしていた時は、「労働とは自分の時間を犠牲にすることで、その対価としての賃金を貰うこと」だとどこか考えていた。

 

こう見えて、大学1~3年生までは、洗車の単発アルバイトから運送業者での荷物運びまで、色々なアルバイトをしていた。給料はそれなりに良かったが、僕にとってはそれらの業種は自分の「時間」を「賃金」に換えていただけであって、僕はそこに「ワクワク感」や僕だからこそ生み出せる「価値」を感じることはできなかった。

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しかし、最近になって「労働」や「お金」という概念について、考え方を変えるようになってきた。これは一見、頭では理解できている人が多いかもしれないが、普段から意識し続けることは難しいと思う。

 

資本主義システム下にある日本では、時給や月給という考え方は当たり前のように存在する。アフリカに足を運んで、農業で自給自足の生活を送り、お金に縛られない生活を送っている人々と出会ったことも再考の一助となってはいるかもしれないが、最近の私は「労働」に対して、「時間をお金に換える」のではなく、「(自分が産み出せる)価値をお金という形に換える」というように考えるようになってきた。

 

お金とは、価値を測るための指標に過ぎない。「価値」があるから、それを手に入れるために引き換えとして「お金」を払う。

 

その意味で、例えば「文章を書く」ことは、まさに自分が産み出すことのできる「価値」を「お金」に換えることができる一つの手段だ。このブログもある程度の収益構造はあるし、もちろん書籍『世界を無視しない大人になるために』が購入されれば、「お金」が私の元へと入ってくる。この「お金」は、ブログや書籍が産み出した「価値」の一つの表出物だと思う。

 

「文章を書く」「講演で話す」といったことは、私の経験、考え方、知識などがそのままコンテンツになり得る。それに「価値」を見出してくれる人は、それを手に入れるために「お金」を払ってくれる。「時給1000円だと2時間で2000円」ではなく、自分の産み出す「価値」によって、その金額も変わってくる。

 

「価値」を産み出すには、自分の強みや専門を生かすべきであり、そしてそれは、自ずと自分の「好き」なこととも関係してくる。その意味で、「価値」を産み出すために試行錯誤をすることは、生きる上での「幸せ」にも繋がってくると思う。事実、NPOでの活動も含めて、自分の好きなことや得意分野、自分の経験、人生の使命を「価値」へと変える仕事をしている私は、今とても幸せだ。もちろん、時給1000円のアルバイトを幸せにしているならそれはそれで良いと思うが、常に「価値」を意識できている私の方が、多分、楽しんで仕事ができていると思う。

 

「文章を書く」「講演で話す」以外にも、趣味や専門分野、経験を「価値」へと変え、そして「お金」へと換える仕事は、他にもたくさんある(ユーチューバーは良い例だと思う(笑))。

 

今は、誰だって「起業」できる時代だ。「起業」と「 」を付けたが、ここで意味する起業は「資本金を用意する」「登記する」「会社のホームページを立ち上げる」といった(本格的な)起業というより、例えば、自分の特技・スキル・趣味を、それら特技・スキル・趣味を必要としている人に「30分単位で売れる」【タイムチケット】 が良い例かもしれない。つい先日、私もチケットを売り出してみたが、「活動に関心がある」という人が早速購入をしてくれた。その時に、まさにこれは、自分が産み出せる「価値」を「お金」という形に換えることができた瞬間だと感じた。

 

どんな人がどんなチケットを売っているかを見るだけでも、「自分だから創れる価値をお金という形に換えるとは何なのか?」、考える一つのきっかけになるかもしれない。