原貫太のブログ

フリーランス国際協力師原貫太のブログです。国際協力やNPO・NGO、アフリカの問題、フリーランスの働き方など様々なテーマを解説しています。

フツ族ツチ族の違いはベルギーが創り出した【ルワンダ虐殺をわかりやすく解説】

たった100日間で80万人が殺害されたルワンダ虐殺。その死亡率は、ナチスドイツによるホロコーストの3倍とも言われている-。

 

ルワンダ虐殺については、映画『ホテル・ルワンダ』を通じて知っている人も多いでしょう。1994年4月7日からのたった100日間で、多数派フツ族により少数派ツチ族約80万人が殺害されました。

 

ルワンダ虐殺は、”アフリカで起きた20世紀最大の悲劇”とも言われます。

 

今回の記事では、筆者が実際にルワンダ虐殺の跡地を訪問して撮影した写真とあわせて、ルワンダ虐殺が起きた根本原因であるベルギーが創り出したフツ族対ツチ族の対立を解説します。

 

 

編集註:「族」という表現は差別的という指摘もされていますが、ルワンダ虐殺の文脈では「フツ族」「ツチ族」という表現が一般的のため、本記事では便宜上使用しております。ご了承ください。

 

多数派フツ族による少数派ツチ族の虐殺

フツ族ツチ族

ルワンダ虐殺の際、1万人以上のツチ族が殺害された教会の跡地。フツ族の民兵たちが中に侵入するために破壊した門が当時のまま保存されている。筆者撮影


高校の世界史でも勉強するルワンダ虐殺。フツ族・ツチ族という言葉に聞き覚えがあると思います。 

 

ルワンダ虐殺では、1994年の4月から7月までの100日間で、多数派のフツ族(国民の約85%)が少数派ツチ族と穏健派フツ族約80万人*を殺害しました。

*最近の研究によると、実際に殺害された人の数は約50~60万人だったとも言われています。

 

きっとこの話を聞いたら、

 

「よく聞くアフリカの民族対立だ」

「フツ族、ツチ族はどうして違う民族同士仲良くできなかったんだろう?」

 

と思うかもしれません。もしかしたら「アフリカの人は本当に野蛮だな」と感じる人もいるかもしれませんね。

 

しかし、そう思う前にまずはルワンダの歴史、特に植民地支配という負の遺産に目を向けなければなりません。

 

フツ族、ツチ族に違いはなかった。白人が来るまでは…

1918年の第一次世界大戦終結までは、ドイツ領東アフリカに置かれていたルワンダ。その後、ドイツが敗戦すると同時にルワンダはベルギー統治下に移ります。

 

先ほど書いた通り、ルワンダ虐殺では多数派のフツ族が少数派のツチ族(と穏健派フツ族)を虐殺しましたが、本来フツ族とツチ族の違いはあってないようなものでした

 

かつて少数派のツチ族がルワンダ王国を支配していた時、フツ族は農耕、ツチ族は牧畜を営む生活の違い、また身長や皮膚の色、顔に多少の違いは見られたものの、両者がお互いの違いを明確に認識していたわけではなかったと言われています。

 

フツ族とツチ族の違いはベルギーが創り出したもの

フツ族ツチ族

首都キガリにあるルワンダ虐殺記念館

 

しかし、ベルギーがルワンダの植民地化を行う過程で、「ツチ族の方がヨーロッパ人に近くて優れている」という人種的差別観を持ち込み、フツ族とツチ族が対立する根本的原因が生まれました。

 

その時ベルギーは、「ツチ族の方が鼻が高くヨーロッパ人に近い」「平たい鼻と厚い唇を持つ顔はフツ族」と、勝手に「顔の違い」を見定めました。当のルワンダ人たちですら、顔の違いをほとんど認識していなかったにもかかわらずです。

 

そして、ベルギーはほぼ全ての首長をツチ族に独占させたほか、税や教育においてもツチ族を優遇します。

 

1930年代には、フツ族・ツチ族の身分を区別するためのIDカードまで導入しました。映画『ホテル・ルワンダ』の中でも、主人公のポール・ルセサバギナが検問でフツ族のIDカードを見せる場面が描かれていましたよね。

 

つまり、宗主国ベルギーは少数派ツチ族を中間支配者層に、大多数のフツ族を更なる支配下に置く「分断統治」を導入したのです。

 

これにより、大多数を占める被支配者(=フツ族)の不満は宗主国のベルギーではなく、中間支配者(=ツチ族)に向かったため、ベルギーはルワンダの植民地経営を円滑に行えるようになりました。

 

フツ族ツチ族だけではない。植民地時代に生まれたアフリカの”民族対立”

ヨーロッパ諸国がアフリカを植民地支配する際、ベルギーがルワンダでフツ族・ツチ族の違いを生み出したような分断統治が色んな国で導入されました。

 

例えばルワンダの隣国、ウガンダ。宗主国であるイギリスは植民地時代、ウガンダ南部の人々には教育の機会など数多くの特権を与える一方で、北部に暮らすアチョリ族を迫害しました。

 

そのため、北部の人々が抱える不満は宗主国のイギリスだけではなく、南部の人々にも向けられることになったのです。その結果としてイギリスからの独立後、ウガンダでは反政府組織「神の抵抗軍」が北部アチョリ族の中から登場し、内戦に3万人以上の子ども兵士が駆り出されました。

 

僕が3年前に出した書籍『世界を無視しない大人になるために 僕がアフリカで見た「本当の」国際支援』の中で登場した元少女兵のアイ―シャさんも、その犠牲者の一人です。

 

ルワンダ虐殺を含め、アフリカで起きる紛争の原因は、アフリカの中だけにあるのではありません。植民地時代にヨーロッパが好き勝手な支配をしてきたことが、今日までアフリカで紛争が続く根本的な原因になっています。

 

「なぜアフリカではいつまでも紛争が無くならないのか?」その根本的な原因を考える際には、植民地時代にヨーロッパが”人為的に”作り出した民族対立に目を向ける必要があります。⇩の記事で詳しく解説しました。

 

アフリカから紛争(内戦)が無くならない2つの原因を解説します - 原貫太のブログ

 

ツチ族よりフツ族の方が多く殺されていた…?

フツ族ツチ族

一万人が虐殺された教会の跡地。筆者撮影

 

ここから先は、教科書には載っていないルワンダ虐殺の”もう一つの真実”を紹介します。

 

最近の研究によると1994年のルワンダ虐殺では、殺害されたツチ族の数よりも、現大統領であるポール・カガメが率いたツチ族系の軍隊によって殺されたフツ族の方が多かったという分析があります。

 

さらに、ルワンダ愛国戦線は内戦を鎮圧し、ルワンダの政権を掌握した後も、コンゴ東部に逃げていったフツ族系の民兵を虐殺し続けていたことが国連の報告書で暴かれています。

 

また、ルワンダ虐殺の直接の引き金になった当時のルワンダ大統領が乗った飛行機撃墜事件は、ポール・カガメ率いるツチ族系のルワンダ愛国戦線の仕業だったことが最近は明らかになりつつあるのです。

 

一般的には「ルワンダ虐殺ではフツ族が加害者、ツチ族が被害者」といった図式ばかりが強調されていますが、これには裏があることが指摘されていると認識しておいてください。

 

現在のルワンダで「フツ族ツチ族」の言葉を使うのは違法

僕はルワンダに4回足を運んだことがあります。トランジットも含めると、それ以上に行ったことがありますね。

 

こういった話をすると「ルワンダってフツ族とツチ族の間で戦争があった国ですよね?危なくないんですか?」と質問されることがありますが、現在のルワンダはアフリカで最も安全な国の一つです。女性が夜一人で外を歩いていても問題ないとすら言われています。

 

内戦終結から25年以上が経ち、現在のルワンダではフツ族・ツチ族という言葉を使うことが法律で禁止されています。これから旅行で訪れる人は、虐殺のメモリアルなどを除き、街中では使わないようにしましょう。

 

最近のルワンダの治安に関しては、こちらの記事で詳しく解説しています。「ルワンダ=危ない国」と考えている人がいたら、(良い意味で)衝撃が走ると思いますよ。

 

ルワンダの治安、2020年版も!アフリカで一番治安がいいって本当? - 原貫太のブログ

 

「ジェノサイド=大量虐殺」の訳し方は誤り

フツ族ツチ族

ルワンダ虐殺で亡くなった方の墓

 

補足説明かつ難しい内容になりますが、大事なところなので少しだけ専門用語の補足説明をさせてください。

 

ルワンダ虐殺は「ルワンダ”ジェノサイド”」という呼ばれ方をされます。ジェノサイド(Genocide)の日本語訳として、一般的には「大量虐殺」「集団殺害」という言葉がよく使われますが、厳密にはこの訳し方は間違っています

 

国際法的なジェノサイドの定義は、多くの場合は1948年に国連で採択された「集団殺害罪の防止および処罰に関する条約」の第二条に由来します。それによるとジェノサイドとは、

 

”国民的、民族的、人種的、または宗教的な集団の全部または一部を、それ自体として破壊する意図

 

をもって行われる、以下5つの行為を指します。

 

  • 集団の構成員を殺すこと
  • 集団の構成員に対して重大な身体的又は精神的な危害を加えること
  • 集団に対してその全部又は一部に身体的な破壊をもたらすよう意図された生活条件を故意に課すること
  • 集団内における出生を妨げることを意図した措置を課すること
  • 集団の子供を他の集団へと強制的に移すこと

 

これを見ていただくとわかりますが、その定義上「ジェノサイド」には殺害が含まれないことがあるんですね。そのため、訳語として「虐殺」「殺害」といった言葉が入るのは、厳密には間違いなのです。

 

より正確には、ジェノサイドは「集団抹殺」と訳します。専門家はこの訳し方をしますね。

 

ただ、ルワンダではジェノサイドの際に数十万の方が虐殺をされているため、今回は一般的な言葉として広く使われている「虐殺」を使用しました。

 

このブログでは他にもルワンダ虐殺に関する記事を書いています。実際に僕が虐殺の跡地を取材して書いたルポルタージュもありますので、あわせて読んでみてください。

 

ルワンダ虐殺をなぜ国連は”無視”したのか?わかりやすく解説します - 原貫太のブログ

 

”Never Again” Again. ルワンダ虐殺の「真実」に迫る - 原貫太のブログ