原貫太のブログ

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ルワンダ虐殺を国連が防げなかったのはなぜ?4つの理由をわかりやすく解説

なぜ国連は、ルワンダで進行中の虐殺を防ぐことができなかったのか?ルワンダ虐殺に関心を持った人なら、一度は気になったことがあるでしょう。

 

フリーランス国際協力師の原貫太(@kantahara)です。ルワンダ虐殺の問題を4年以上研究しています。ルワンダには3回足を運び、現地での取材活動も行ってきました。

 

わずか100日間で80万人以上が亡くなったルワンダ虐殺。その死亡率は、第二次世界大戦中ナチスドイツによって行われたホロコーストの3倍にもなると言われています。

 

ルワンダ虐殺がこれだけ大規模になってしまった一つの原因が、国連やアメリカのような大国が何も介入することがなかったことです。その背景を詳しく見ていきましょう。

  

 

ルワンダ虐殺を国連が防げなかったのはなぜ?4つの理由をわかりやすく解説

80万人以上の死をもたらしたルワンダ虐殺を国連が防げなかったのはなぜか?

 

ルワンダ虐殺における国連の「失敗」を考える上では、当時の国際情勢や国連PKOの本来の役割に目を向ける必要があります。 

 

国連はルワンダ虐殺が始まる前に届いた「密告」を無視した

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ニューヨークの国連本部。筆者撮影

 

ルワンダ虐殺が始まる約3ヶ月前、当時ルワンダに駐留していたPKO「国際連合ルワンダ支援団」の司令官ロメオ・ダレールの元には、ツチ族虐殺の密告が届いていました。

 

この密告を受けて、ダレール司令官は国連にフツ族民兵の武器庫制圧を提案しています。

 

しかし、フツ族民兵の武器庫を制圧することはルワンダ支援団に与えられた権限を越えるものとして、国連はロメオ・ダレールの提案を却下したのです。これがルワンダ虐殺を未然に防ぐことができなかった国連の大きな失敗でした。

 

この判断を下したのは、当時国連平和維持活動局のPKO担当国連事務次長であり、後に国連事務総長になるコフィー・アナンでした。この失敗はコフィ・アナンの「負の遺産」として、今でもルワンダ政府などから批判されています

 

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国連PKOの目的はルワンダ内戦の停戦を監視することのみだった

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ルワンダ虐殺をテーマにした映画『ホテルルワンダ』の舞台になったホテル・ミルコリンズ


なぜ当時のPKO「国際連合ルワンダ支援団」には、フツ族民兵の武器庫制圧が認められなかったのか?

 

その理由は、国連PKOの目的はあくまでもルワンダ内戦の停戦を監視することのみだったからです。

 

当時のルワンダでは長年フツ族とツチ族の間で内戦が続いており、虐殺が始まる94年前半時点では、ルワンダ内戦は停戦状態にありました。

 

あくまでも国連PKOの目的はPeace ”Keeping”であり、Peace ”Forcing”ではありません。PKOが武装している理由はあくまでも自衛のためとされ、武器を使用するためにはニューヨークにいる国連事務総長の許可が必要でした。

 

ダレール司令官はルワンダ虐殺の開始後、国連から与えられた任務を無視して住民保護活動を行います。その様子は映画『ホテルルワンダ』の中でも描かれていましたね。

 

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国連本部からは任務に従うよう指示をされていましたが、その後も指示を無視し、逃れてきた難民を保護しています。

 

しかし、人員不足から積極的な保護行動を行うことは出来ず、目の前で殺され続ける多くの避難民たちを救うことが出来ませんでした。ダレール司令官は人員の増加や任務の強化を国連に求め続けていましたが、その要望は拒否され続けたのです。

 

その後ダレール司令官は、ルワンダでの体験から心的外傷後ストレス障害(PTSD)となり、2000年には自殺未遂をしています。

 

アメリカのせいで国連安保理が無能に陥った

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ルワンダ虐殺の跡地で撮影した犠牲者の遺品

 

ルワンダ虐殺を国連が防げなかったのは、アメリカの責任も非常に大きいです。

 

アメリカはルワンダ内戦が始める前年の1993年までは、世界の平和維持活動を積極的に行っていました。

 

アメリカの国益に繋がるからという理由で平和維持活動を行っていた背景もありますが、一部の研究者たちは「この期間のアメリカの軍事介入は、真に人道的に行われていた」と指摘しています。

 

しかし、映画『ブラックホーク・ダウン』でも描かれたように、ソマリア内戦へ平和維持軍として軍事介入を試みた結果、アメリカ兵18人が死亡します。遺体が市内を引き回される映像が流される、アメリカの世論は紛争地への介入に対する消極的な姿勢へと傾きました。

 

その為、ルワンダ内戦が起きた当時のビル・クリントン大統領は、ルワンダにアメリカが関与することに対しても消極的になります。その結果、アメリカが常任理事国を務める国連安全保障理事会も無能になったのです。

 

実際にアメリカは1994年4月、国連に対して国際連合ルワンダ支援団の撤退を呼び掛けています。

 

また、ルワンダ虐殺が起きた後には、アメリカ政府は「ジェノサイド」という言葉を使うことを躊躇していました。

 

仮にルワンダで進行中の内戦を「ジェノサイド」と認める発言をしてしまうと、「集団殺害罪の防止および処罰に関する条約」の批准国としてルワンダに介入する必要性が生じるため、ジェノサイドという言葉を使うのを避けたのです。

 

さらにルワンダ虐殺が始まってすぐの頃、ベルギーの平和維持部隊兵10名が民兵によって殺害されたこともあり、国連は安保理決議912号を可決。これによってルワンダに派遣されていたPKOは2500名から、4月21日には300名まで削減されました

 

虐殺が始まってすぐベルギー兵が殺害されたのは、たまたまではありません。虐殺を主導したルワンダの民兵たちは、知っていたのです。外国人兵士を殺せば、ソマリア内戦の時と同じように外国の邪魔者たちは撤退していくことを

 

ルワンダ内戦当時にビル・クリントン大統領は、ルワンダ虐殺後にこう述べています。

 

「私たちが虐殺を終わらせられたとは思わないが、減らすことはできたと思う」

「もしアメリカから平和維持軍を5000人送り込んでいれば、50万人の命を救うことができたと考えている」

 

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資源の乏しいルワンダに国際社会は無関心だった

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ルワンダ虐殺の跡地で撮影した犠牲者の遺骨

 

国連安全保障理事会の常任理事国は、アメリカ・イギリス・フランス・ロシア・中国の五ヶ国です。アフリカは一つも入っていません。

 

ルワンダは資源が乏しく、また当時の人口も約800万人と、当時はアフリカの中でも小国に分類されていました。冷戦時代の資本主義陣営対共産主義陣営の対立も終わり、国際社会はルワンダの内戦に介入する意義が見いだせなかったのです。

 

その一方で、自分たちの国益に関わりのあるような、ヨーロッパで起きていた旧ユーゴスラビアのボスニア紛争には、国連をはじめ国際社会は積極的に介入を行いました。

 

実際に、ルワンダのPKO部隊員を削減する安保理決議が可決された日と同じ日に、ボスニアにおける安全地帯防衛の堅持を確認した国連安保理決議が通過されています。

 

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国連がルワンダ虐殺を防げなかった理由 まとめ

なぜ国連はルワンダ虐殺を防げなかったのか、4つの理由をもう一度まとめます。

 

  1. 虐殺が始まる前に届いたツチ族虐殺の密告を国連は無視したから
  2. 国連PKOの目的はあくまでもルワンダ内戦の停戦を監視することのみだったから
  3. アメリカのせいで国連安保理が無能に陥ったから
  4. 資源の乏しいルワンダに国際社会は無関心だったから

 

なお、ルワンダ虐殺におけるフツ族対ツチ族の対立が生まれた根本的な責任は、植民地時代の宗主国ベルギーにあります。以下の記事もあわせて読んでみてください。

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