原貫太オフィシャルブログ

アフリカでの活動から起業/仕事論、海外生活のノウハウまで。※本ブログの内容は個人の見解によるものです。

与えられる人ではなく、与える人になればいい。

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”与えられる人になるために、まずは自分が与える人になろう。”

 

起業し、たくさんの人に応援されている、いや、応援してもらう必要があるからこそ、この大切さを強く感じています。

 

与えられる人になりたければ、まずは自分が与える人になりましょう。見返りを求める必要はありません。とにかく、与えて、与えまくる、そんな人になればいい。ギブアンドテイクではなく、ギブアンドギブの精神です。

 

そうすれば、いつか自分が与えられる人になる番が、必ず回ってくるからです。

 

 

人は、与えられると与え返したくなる生き物

与えられる人

 

人間という生き物は、何かを与えられると、その与えてくれた人に対し、与え返したくなる生き物と言われています。これを、「返報性の原理」と呼びます。

 

人は他人から何らかの施しを受けた場合に、お返しをしなければならないという感情を抱くが、こうした心理をいう。この「返報性の原理」を利用し、小さな貸しで大きな見返りを得る商業上の手法が広く利用されている。(wikipedia「返報性の原理」より引用)

 

有名な例がスーパーの試食。本来、試食とは無料で食品のサンプルを提供し、その味を客が確かめ、買う価値があると判断した場合に買ってもらう、販売促進戦略の一つです。

 

しかし、客は店員から直接食品を手渡されることにより、味が美味しくなくたって「商品を買わなければいけないのでは」という気持ちが働きます。実際にあなたも、「買わないとこの人に申し訳ないよな…。」と思ったことはありませんか?

 

僕は先日、いちご大福の試食をサービスで2個もらった時に、「こんなにいいものを2個も食べておいて、買わないのは申し訳ないよな…」という気持ちが芽生えてしまいました。

 

そう、人は何かを与えられると、自分も与える人になろうと思ってしまう生き物なのです。

 

 

「情けは人の為ならず」が可視化されてきた

与えられる人

 

「与える-与えられる」の関係を表す言葉として、有名なのが「情けは人の為ならず」です。最近では、「恩送り」という言葉も流行っていますね。

 

この「情けは人の為ならず」は、「他人に良いことをすれば、巡り巡って自分のところに戻ってくる」という意味です。今まではどこか綺麗事のように感じられていた、何となく胡散臭い言葉でしたが、これが近年、ソーシャルメディアが台頭したことによって、人に送る「恩」がちゃんと可視化されてきました。

 

僕自身、毎日のようにSNSやブログを使い、自分の持つ知識や経験を社会に発信しています。特に、国際協力やNPOに関する情報は、日本社会では不足しているにもかかわらず、それを欲している人はたくさんいる。だからこそ、ニーズも高く、僕の情報発信には価値があると信じています。

 

おかげさまで、僕の信用メーターであるTwitterのフォロワー数は、3,500人を超えました。「恩」と自分で言うのはおこがましいですが、社会が欲する情報を惜しみなく与え続けたことで、その蓄積が3,500という数字で可視化されているのです。

※Twitterのフォロワーは4,700人を超えました。(2018年8月13日追記)

 

そして、起業した今では、フォロワーが事業に対する出資をしてくれたり、スタッフになってくれたり、本を購入してくれたりしています。自分が持っている財産(知識や経験)を与え続けた結果、今度は僕が、与えられる番になったのです。

 

『革命のファンファーレ』で有名なキングコング西野さんは、このように語っています。

 

今はインターネットによって、「恩送り」が、"恩を送られた当人以外"も確認できるようになりました。

『鶴の恩返し』を例に出すと、さいあく、鶴が恩返しに来なくても、あの物語の前半が『爺の恩送り』という絵本になって、お爺さんが無償で鶴を助けたことが可視化され、お爺さんの善意を僕たちが知れば、その瞬間、お爺さんのフォロワーが複数人生まれます。

すると、今度、お爺さんが困ったことに遭遇した時に、お爺さんを助けてくれるのは、鶴だけでなく、"鶴を無償で助けたお爺さんの心意気に胸をうたれた複数のフォロワー"も、そこに加わります。「『恩送り』をした方が良い理由を理屈で説明します。」より引用)

 

具体例が秀逸ですが、まさにこれです。ひと昔前であれば、「善い行いは人知れずやるもの」と考えられてましたが、今の時代はインターネットの発達により、人に善いことをしていれば、必ず誰かが見てくれているのです

 

そう、与える人は、社会からちゃんと評価される時代になったのです。

 

 

ギブアンドテイクではなくギブアンドギブ

与えられる人

 

一般的に知られているのは、「ギブアンドテイク」です。「ギブアンドテイク」とは、相手に利益を与え、自分も相手から利益を得ること。

 

しかし、「ギブアンドテイク」は、相手から利益をもらうことが前提になっています。今の時代は、「テイク」を考える必要がない。

 

だから、与えられる人になりたければ、与える人になればいいんです。「ギブアンドテイク」ではなく、「ギブアンドギブ」の精神。見返りを気にする必要なんてありません。最悪、恩を与えた本人から何も得られなくても、それを見てくれている人が必ずいるから。

 

自分が与える人になれば、与えられた人だけではなく、それを見てくれている人もいる。だから、巡り巡って、いつかは自分が与えられる人になる番が必ずやってくるのです。