原貫太の国際協力ブログ

フリーランス国際協力師原貫太のブログです。国際協力やNPO・NGO、アフリカ、社会問題などのテーマを中心に解説しています。

自分らしく生きるとかみんな簡単に言うけど、それが一番難しいよね。

ここ5、6年だろうか。自分らしく生きる、という言葉が流行っている。

 

「世の中息苦しいけどさ、自分らしく生きればいいじゃん。」こんな文脈で語られることが多い。

 

自分らしく生きるという言葉はたしかに響きがいい。この言葉を聞いたら、ほとんどの人はポジティブな意味を想像するだろう。

 

つい先日、「自立の意味がちょっと変われば、社会は少しだけ生きやすくなると思う。」という記事の中でも「自立とは、困った時に頼れる依存先を持ちながら、自分らしく生きること」と書いた。

 

でも、中にはこんな意見もある。

 

 

「自分らしく生きる、それが一番難しいんじゃないか。」

 

たしかにその通りだと思う。みんな口では簡単に「自分らしく生きよう」とか言ってるけど、社会の中で生活する以上、自分らしく生きるのは簡単なことではないと思う。 

 

結局のところ、自分らしく生きるとはどんな意味なのだろう。自分らしく生きるためにはどうすればいいのだろう。考えてみた。

 

 

 

 

自分らしく生きる、が浸透した社会背景

自分らしく生きる


自分らしく生きるとは何を意味するのか、それを考える前にこの言葉が浸透した社会背景を考えたい。

 

かつて「自分」という存在は、家庭や会社、地域といった共同体との関わりの中で考えられるものだった。特に日本ではこの傾向が強いと思う。

 

しかし、近年になって生活様式や働き方が変化し、「その人個人がどう生きるか」に焦点があたるようになってきた。周りの空気を読んだり、組織の一員という立場で生きるのではなく、あくまでも「個人」としての人生を生きる。

 

この変化は「自分らしく生きる」という言葉を浸透させる一つの追い風となってきたはずだ。

 

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結局、自分らしく生きるとは何なのだろう?

自分らしく生きる

自分らしく生きるとは、結局のところ何を意味するのだろうか。自分らしく生きるとは、どんな生き方を指すのだろうか。

 

これは、しばしば正反対の意味で用いられる「空気を読む」という言葉の意味を考えると見えてくる。

 

空気を読むとは「ある空間における『和』を乱さないため、自分の『個性』や『価値観』を殺し、『建前』を使う」行為を指す。かつての日本では「美」とすらされてきたものだ。

 

そこから考えると自分らしく生きるとは、どんな意味になるだろうか。僕はこのように解釈した。

 

 

「その人の個性や価値観を大切にし、本音で生きること。」

 

 

世の中で使われる「自分らしく生きる」という言葉も、その意味を端的に表すとしたらこの一文に凝縮できるだろう。

 

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自分らしく生きるという言葉が独り歩きしていないか

自分らしく生きる

「自立の意味がちょっと変われば、社会は少しだけ生きやすくなると思う。」の記事の中で、僕は「自立」という言葉を「困った時に頼れる依存先を持ちながら、自分らしく生きること」と再定義した。

 

でも、その記事を読んだ人からこんな意見が聞かれた。

 

 

「自分らしく生きる、それが難しい。」

 

 

たしかにその通りだ。世間では「自分らしく生きよう」という言葉は散見されるが、その言葉以上に「自分らしさ」を出しながら生きるのは容易なことではない。

 

自分らしさを追求し過ぎた結果、独りよがりで生きてしまったり、周りとの関係を断ち切ったりしているようでは、それは決して豊かな生き方とは言えないだろう。

 

自分らしく生きるという言葉が独り歩きしてはいないだろうか。結局、自分らしく生きるためにはどうすればいいのだろう。

 

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自分らしく生きるためにできる2つのこと

自分らしく生きる


「自分らしく生きる」の意味を「その人の個性や価値観を大切にし、本音で生きること。」と定義するのであれば、そのためにどうすればいいのだろう。

 

色々とあるだろうが、僕はこの二つを強調したい。

 

 

承認欲求を捨て、嫌われる勇気を持つ

自分らしく生きるためにまずできること、それは「承認欲求を捨て、嫌われる勇気を持つ」だ。

 

親から褒められたい。誰にも嫌われたくない。SNSでいいねがほしい。そんな「他人から認められたい」承認欲求を持っている限りは、永遠に自分らしく生きることなんてできない。

 

他人の期待に沿いながら生きている限りは、自分の人生を歩むことはできない。「嫌われる勇気」さえを持つことが、自分らしく生きる第一歩になる。

 

僕が今勉強しているアドラー心理学でも同じような指摘がされているので、気になる人はぜひ『嫌われる勇気』を読んでみてほしい。

 

 

違和感は言語化し、自分から削ぎ落とす

言葉遊びのようで申し訳ないが、自分らしく生きるためには、「自分らしくない部分」を自分から削ぎ落とせばいい。

 

そうすれば、いつしか「自分らしさ」だけが残される。ちょうど、木彫りの像を完成させるため不必要な部分を削ぎ落すように。

 

では、どうやって自分らしくない部分を見極めるのか。その一つの判断基準が「違和感」だと僕は思う。

 

違和感というものは、自分の中に蓄積されている経験や考え方、価値観と、世間一般の「常識」との間に乖離がある時、自然と湧き上がってくるものだ。

 

その違和感を無視し、社会に合わせるようになってしまうと、自分らしくない生き方をすることになる。

 

幼い頃から「周りに気を遣おう」「空気を読もう」と教え込まれてきた日本人なら、違和感を感じているにもかかわらず、無理して社会に合わせている部分があるのではないだろうか。

 

違和感を覚えた時に「なぜ違和感が生じるのか?その原因はどこにあるのか?」を言語化し、その部分を自分から無くしていけばいい。そうすれば、自然と「自分らしさ」だけが残っていく。

 

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さいごに

自分らしく生きるという、あたりまえのように使われている言葉の意味を考えてみた。

 

大人は子どもたちに、「自分らしく生きなさい」と声をかける。でも、その本質をしっかりと考えていなければ、無責任なアドバイスにもなりかねない。

 

この記事をきっかけに「自分らしく生きる」の本当の意味について考えてみてほしい。

 

 

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