原貫太オフィシャルブログ

アフリカでの国際協力活動から仕事論、情報発信術まで。※本ブログの内容は個人の見解によるものです。

「君が挑戦することで、日本の"失敗を許さない風潮"を変えていってほしい」

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これまで一度も書いてこなかった僕の「原体験」について語りたい。

 

 

ご存知、僕が「国際協力」の世界へと足を踏み入れることになった最初のきっかけは、大学1年時にフィリピンのスタディーツアーへと参加したことだった。現地滞在の最終日にたまたま物乞いをする少女と出会ったことが、その後の僕の人生を大きく変えた。

www.kantahara.com

 

最初の5日間で携わっていた「支援」や「ボランティア」は、一体何だったんだ。結局、自己満足に過ぎなかったのではないか。もっと他にも目を向けるべき問題があったのではないか。強い後悔に襲われると共に、「どうして僕らが生きるこの世界はこんなにもアンフェアなんだ」と、その時初めて自分の中に"世界の不条理"という言葉が芽生えた。

 

日本に帰国した僕はストリートチルドレン問題に強い関心を抱き、大学の友人らと共に学生国際協力団体「バングラデシュ国際協力隊」を立ち上げ、実際にバングラデシュへと足を運んで活動を開始した。

 

しかし、よく考えて欲しい。「バングラデシュ国際協力隊」を立ち上げたのは2014年5月26日。僕がフィリピンで物乞いをする少女と出会ったのは同年の2月17日。この間には、3か月以上のブランクがある。

 

 

 

そう、僕は迷っていた。行動を起こすための決心が、すぐにはつかなかったのだ。

 

 

帰国後の葛藤

フィリピンから日本へと帰ってからも、僕は物乞いをする少女のことを忘れることができなかった。世界の貧困問題に関するニュースや記事を目の当たりにする度にどこか思い出してしまい、自分には何ができるのだろうと思い悩んでいた。

 

しかし、当時の僕はまだ大学1年生。「遊び」にも夢中だった。真冬の2月にも関わらず友人らと自転車旅に出かけて神奈川から千葉を走破したり、免許合宿に参加して雪降り積もる山形県で自動車教習を受けたりしていた。

 

 

4月になって2年生に進学し、大学での授業が再開して少しずつ忙しくなっていった。それでもフィリピンで出会った少女のことが忘れられず、大学の友人や教授にその時の経験をこれでもかと言うくらい熱く語っていた。「僕は本気でこの世界を変えたいんだ」と、何回口にしただろうか。

 

大学の講義での出会い

そんな時に、早稲田大学の「世界が仕事場」という講義で、僕は運命的な出会いをする。

 

その日はアメリカのカリフォルニア大学で教鞭を取る日本人の教授(たしか60代後半くらいに見えた)がゲストスピーカーとして登壇し、90分間ひたすらに「挑戦する素晴らしさ」を語ってくれた。ただ感情的に熱く語るのではなく、理論的な視点からも「挑戦する」ということがこれからの時代如何に大切で、如何に素晴らしいものであるかを語っていた姿が、当時の僕にとって新鮮で、そしてエキサイティングだった。

 

 

講義に感動してしまった僕は、150人収容の大教室であったにも関わらず、授業後にその教授の所へ行き、フィリピンでの経験について語った。そしてまた、「何か行動を起こしたいと思っているけれど、なかなか一歩を踏み出すことができない」という不安も一緒に伝えた。

 

 

その教授は僕の肩に手を置きながら、こう言った。

 

「挑戦してみなさい。Appleのスティーブ・ジョブズだって、Facebookのマーク・ザッカーバーグだって、今の社会で成功している人たちというのは、数え切れないほど沢山の失敗を重ねた上で『成功』を掴み取っている。僕はね、今の日本社会には、どことなく"失敗を許さない風潮"というものがあるように思うんだ。そんな風潮を、若い君のような人が挑戦する姿を見せることで、変えていってほしい。」

 

 

この言葉をもらって初めて、僕は決心することができた。そして大学の友人たちにひたすら「フィリピンで見たあの光景が忘れることができない。僕は本気でこの世界を変えたい。挑戦したい!」と語り、意気投合した仲間たちと団体を組織し、そこから僕の『国際協力挑戦ストーリー』が始まっていく。

 

「君」が挑戦するために

あれから3年以上の月日が経った。現在の僕がコンフロントワールドを創設し、就職活動もしないで南スーダン難民支援事業を立ち上げているのは、なにも「困っている人を助けたい」という気持ちだけではない。

 

僕が心からやりたいこと、好きなことに挑戦する姿を見せることで、日本に暮らすひとり一人が、特にこれからを担う若い世代の人たちが、「自分の意思で未来を決められる社会の実現」に貢献したい。

 

「誰もが挑戦できる社会」にこそ真の豊かさがあると考え、これからも僕は仲間たちと共に、挑戦し続けたい。

 

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