「放っておいたら、あの難民の女の子は死ぬよ?」
先日、ウガンダ北部の南スーダン難民居住区に足を運んだ時に、現地のスタッフからふとかけられた言葉が、心の片隅に残り続けている。
私が活動しているパギリニヤ難民居住区には、PSNs(Persons with Special Needs/特別な補助を必要とする人々)と呼ばれ、より脆弱な立場に置かれている難民がいる。
PSNsには、例えば夫を失い5人以上の子どもを抱える未亡人や、身体的・精神的な障がいを抱える難民に加えて、紛争で両親を失い、子どもたちだけが遺された難民の家族が含まれる。
今回現地スタッフから言われた「あの難民の女の子」は、両親を失った6人家族の中の一人だ。生理による出血が酷いようで、緊急で支援をしないと「死ぬ」可能性がある、それだけ厳しい状況に置かれていると告げられた。
不条理な痛みに晒されている人々の苦しみを、少しでも和らげるための人道支援。自ずと、「人命」と向き合わなければならない時がある。
現地での調査やニュースを通じて南スーダン難民が非常に切迫した状況に置かれていることは前々から知っていたが、いざ現地に入ってみると、居住区では力強く毎日を生きている難民たちとも出会ってきた。
だからこそ、其処には同時に、「死」という現実もまた存在していることを、突然と思い出させられた気がした。
その後の訪問調査では、不正出血に苦しむ72歳の女性とも出会った。彼女はこれまでに3回病院にかかったが、進展は無し。面倒を見ている息子は「これ以上は病院に行くお金が無い」と語っていた。
難民居住区内に建設された、蒸し暑い簡易住居の中。上半身を裸にして一人寂しそうにベッドに座っている彼女。「何も支援をしなければ、すぐに死んでしまう」。現地スタッフの言葉に従って、生理用品と石鹸を渡した。
72歳という年齢で故郷を追われ、異国の地で人生最後の時間を過ごす彼女は、一体何を考えているのだろうか。「人間の尊厳」とは何を意味するのだろうか。その丸まった背中を見ながら、僕は考えてしまった。
ややもすれば、人の命に関わるシビアな問題に関して、訛りの強い英語で語られる膨大な情報を聴き落とさないように扱い、思い通りにはいかないプロジェクトを前へと進めていく。
日本にいた時から、「困っている人の力になりたい」と強く思ってはきたが、想像していたよりもずっと大変なことだ。今までの人生では感じたことのないプレッシャーと闘っている気がする。
日本はお盆休みという事を考えると、全国の大学生を探しても、間違いなく僕は今トップレベルで凄まじい経験をさせてもらっているな、と。
なかなか思うようには進まなかったり、想定外のことを眼前に突きつけられたりすると、混乱してテンパってしまうの、僕が現場事業においてまだまだ未熟だからか。
「熱い気持ち」を心の奥底に持ちながら、「冷たい頭」で冷静に淡々とプロジェクトを進めていく国際協力のプロを近くで見ていると、「この人たちのようになりたい」と思う。
居住区で南スーダン難民の子どもたちが笑っている姿を見ると、肌の色が全く違う日本人にも手を振り返してくれる姿を見ると、「彼らの力になりたい」と心から思う。たとえ彼らの記憶には、僕という人間がほんの一瞬しか残らなくても。
今月17日、UNHCRはウガンダに避難した南スーダン難民の数が100万人を超えたことを発表した。19日には世界人道デーも訪れる。
現実的な壁にぶつかれば時には心が折れそうになる日もあるけれど、一つ一つ乗り越えて強くなろう。少しでも彼らの力になれるように。