フリーランス国際協力師の原貫太(@kantahara)です。東アフリカのウガンダ共和国に滞在しながら、このブログを書いています。
今ではアフリカに来られるくらい元気になってきましたが、僕は今年5月末に「適応障害抑うつ」という病気になり、仕事を休むことになりました。
適応障害とは、ある特定の状況や出来事がその人にとってはつらく、耐えがたく感じられるために、気分や行動面に何かしらの症状が現れる病気です。
僕の場合、大学生で起業したNPO法人の代表という立場から来るプレッシャーや、そこでの人間関係に思い悩んだことが原因となり、パニック症状や抑うつ気分といった症状になって表れました。
発症した直後は食事もままならず、日常生活にも支障をきたしていました。結局、6月頭から無期限で仕事を休むことになりました。
しかし、いざ仕事を休むと決めても、大学生の時から起業し、アフリカでも日本でもバリバリ働いてきた人間です。だからこそ、仕事を休む決断をしたものの、「申し訳ない」という気持ちに苦しめられるようになります。
仕事を休んで感じた3つの「申し訳ない」という気持ち
病気を発症してから7カ月が経ち、今ではこうやって冷静に書いていますが、当時は毎日が本当に辛く、朝から晩まで部屋に引きこもる日が続いていました。
医者からも「とにかく今は休んでください。さもなければ、症状が悪化し、うつ病に発展する危険性もあります。」と指示されたため、仕事からは完全に離れ、安静に過ごす日々が始まりました。
しかし、休み始めてから数週間は、3つの「申し訳ない」気持ちが僕を苦しめました。それが、
- 一緒に働いていた人への申し訳ない気持ち
- 応援してくれる人への申し訳ない気持ち
- 頑張っていた自分への申し訳ない気持ち
です。
自分だけ休んで、一緒に働いていた人に申し訳ない
まず苦しめられたのが、一緒に働いていた人たちに対する申し訳ない気持ちです。
自分が担当する仕事をすべて任せることになったり、スケジュールを変更してもらったりと、所属していた団体のスタッフたちに、少なからず迷惑を掛けました。
また、一週間先に迫っていた講演やイベントも、キャンセルせざるを得ない状況になりました。
実際、僕の周りにいるうつ病経験者に話を聞いてみると、「仕事を休むことになった時、同僚に迷惑がかかると思い、申し訳ない気持ちになった。」と語る人が多いです。
その申し訳ないという気持ちから、仕事を休むことができず、症状をさらに悪化させてしまう人もいるようです。
応援してもらっていたのに、休むことになって申し訳ない
次に僕を苦しめた気持ちが、「応援してくれていた人の期待に応えられず、申し訳ない」という気持ちです。
僕が起業したアフリカ支援団体は、寄付によって活動を支えられています。病気になった日の2週間後にはアフリカ渡航が迫っていたため、たくさんの人から「気をつけてね!」「頑張ってね!」と声をかけてもらっていました。
もちろん、身近にいる家族や友人も、学生時代からずっと僕の活動を応援してくれていました。それにもかかわらず、僕は身体を壊し、仕事を休むことになってしまったのです。
期待に応えられなかった悔しさから、申し訳ないという気持ちが強くなりました。
実際、病気になったことを報告した5月31日のツイートでは、こんなことを書いています。
皆さま、申し訳ありません。心の病気になってしまいました。もうとっくに限界が来ていたのですが、昨日仕事中にそれを超えてしまいました。
— 原貫太 Kanta Hara (@kantahara) 2018年5月31日
アフリカ渡航は取り止めて、実家で療養することになりました。しばらく仕事から離れるため、連絡が取れなくなります。ご理解ください。
応援してくださる皆さまの期待に応えられませんでした。苦しくて仕方ないです。ごめんなさい。
— 原貫太 Kanta Hara (@kantahara) 2018年5月31日
あれだけ頑張ってきた自分に、申し訳ない
仕事を休むことになって感じた申し訳なさは、自分にも向けられました。
大学在学中に起業し、本も書き、講演も行い、アフリカで難民支援もやった。それなのに、結局は身体を壊してしまい、仕事を休むことになってしまった。
「自分の身体の管理を怠ったために病気になった。頑張っていた頃の自分に申し訳ない」そんな気持ちに襲われたのです。
分かりやすい例が、好きだった音楽を聴けなくなったことです。
病気になり、アフリカにいた時によく流していたMr.Childrenを聴けなくなってしまいました。曲を聴いていると、頑張っていた元気な頃の自分が自然と思い出され、胸が苦しくなってしまうからです。
休みたいのに、申し訳なさでもっと苦しくなってしまう
一緒に働いていた人への申し訳ない気持ち。
応援してくれていた人への申し訳ない気持ち。
頑張っていた自分への申し訳ない気持ち。
仕事を休み始めて最初の一か月は、これらの気持ちに何度も押しつぶされそうになり、気兼ねなく休むこともできませんでした。
病気の苦しさを和らげるために休む必要があるというのに、休んでいると申し訳ないという気持ちが芽生えてしまうから、さらに苦しくなってしまう…。そんな「負のスパイラル」に陥っていました。
でも、仕事を休んでも何も問題はなかった
でも、あれから7カ月が経ってアフリカでこの記事を書いている今、当時を振り返ると「仕事を休んでも、何も問題なかった」と思えます。
一緒の団体で働いていた人たちは、「何も心配しなくていいから、今はゆっくり休んで。」と声をかけてくれました。もちろん、「あなたが休んでいる間、これだけの仕事が増えた。」なんて言葉を掛けられたことは一度もありません。
応援してくれている人たちも、SNSを通じて、たくさんのメッセージを寄せてくれました。
このブログを書くため、病気になったと報告した5月31日の投稿を振り返ったのですが、100人近くからメッセージをもらっていました。本当に有難い限りです。
ゆっくり療養してくださいね。
— もんだるいこ🌍NGO・PLAS代表(門田瑠衣子) (@Rui_Plas) 2018年5月31日
なかなか言葉が見つかりませんが、、、
こうしてSOSを出してくれてありがとう。
いつでもわたしは原さんの味方だよ。
原さん、あまり絡む機会はありませんでしたが傍から見ていてものすごいペースで活躍されてましたね!
— Hikaru Nemoto(根本晃)@ブロックチェーンゲーマー/ルワンダ在住 (@dujtcr77) 2018年5月31日
アフリカ大陸は逃げませんし、復帰時などお手伝いできることがあれば協力させて頂きますので、安心してまずは療養に専念してください。
原さん
— こうみく🇨🇳中国トレンドマーケター (@koumikudayo) 2018年5月31日
期待に応えられていないなんて、とんでもないです。原さんの存在自体が、わたしにとって、とても励みに、世界の見方を変えるきっかけになりました。原さんの成果ではなく、原さんの存在自体が、です。きっとわたしみたいな人がたくさんいます。だから、安心して今は、ゆっくり休んでください。
ツイッターに寄せられた一部のコメントのみ掲載していますが、メッセージをくださった皆さん、本当にありがとうございました。
ちゃんと読めるようになるまでには時間を要しましたが、本当に感謝しています。「期待を裏切ってしまった」「もう信用してもらえないかも」といった心配は、僕の勝手な思い込みでした。
また、「頑張っていた自分に申し訳ない」という気持ちも、今では「病気になり仕事を休んだことで、価値観や働き方を見つめ直すことができた。」とまで思えるようにもなりました。
それに、病気の間ずっと近くで支えてくれたパートナーと、人間としての距離を縮めることもできました。病気になって失ってしまったこともあるけれど、それ以上に得たものもたくさんあります。
さいごに
思えば、病気になる前の自分は「仕事が人生のすべて」になってしまっていたから、休み始めた時に「申し訳ない」という気持ちに苦しめられたのだと思います。
でも、人間はいつも走り続けることなんてできません。休むことも人生の大切な時間です。
休むからこそ、また走ろうという気持ちが湧いてきます。あれだけ毎日突っ走っていた状況から「うつ病」を経験したからこそ、身をもって学びました。
「人間なんだから、もっと気軽に休んでいいんだよ。」
仕事を休むことに申し訳なさを感じている人に、経験者だから伝えたいことです。
こちらの記事もあわせてご覧ください➡適応障害になり学んだ8つのこと 実体験に基づきシェアします - 原貫太のブログ