原貫太の国際協力ブログ

フリーランス国際協力師原貫太のブログです。国際協力やNPO・NGO、アフリカ、社会問題などのテーマを中心に解説しています。

アフリカの危険地帯で活動する人は命知らず、は間違っています【断言】

フリーランス国際協力師の原貫太(@kantahara)です。2019年3月現在、東アフリカのウガンダ共和国に滞在しています。

 

たまに僕の耳には「アフリカの危険地帯で活動する人は命知らずだ」という批判も入っているのですが、これは大きな間違いです。

 

僕は学生の時からアフリカの難民キャンプで活動してきました。まだ「紛争地」と呼ばれる場所に足を運んだことはありませんが、それでも日本の治安と比べるとはるかに危険な地域でも活動をしてきました。

 

「アフリカの危険地帯に足を運ぶなんて命知らずだ。もっと命を大事にしなさい。」と言ってくる人がいます。お気遣いは有難いのですが、真剣に活動している人たちにとっては、その心配が無用であることをご説明します。

 

 

 

 

危険地帯での仕事は絶対に死んではならない

「アフリカの危険地域で援助活動する人は命知らず」というのは大間違い。真剣に活動する人こそ「絶対に死んではならない」と肝に命じている。自分一人が被害に遭うだけでも危険レベルが引き上がり、他の援助関係者が現地入りできなくなる。そうなった時、一番に困るのは援助が届かなくなる現地の人たち

 

 

また、元国境なき医師団の日本理事である山本敏晴さんは、紛争地で働いてきた経験を踏まえ、こう述べています。

 

もしも海外の、「とある国」で日本人が死んだ場合、
その国で日本人(さらには欧米人までも)が働くのは危険だ
という風潮になり、
国際協力団体の国連のユニセフやjica(日本政府の国際協力機構)、
民間のNGO(非政府組織)たちが、
活動を停止してしまうことが多いのである。

日本人や欧米人のスタッフたちが、みんな、その国から撤退する。
こうなると、その「とある国(イラクやシリアなど)」で
おこなわれてきた国際協力活動は、中断されてしまう。

数百人以上の外国から来た援助関係者が、
数億円以上のお金を使っておこなってきた、
「数十万人の貧しい人たち」への援助が、
突然、打ち切られてしまうのである。

たった一人の日本人が、殺されただけで。

食料援助や医療援助が打ち切られることは、
それすなわち、彼ら彼女ら、数十万人の死を意味する。

このため、少なくとも、国際協力活動や援助活動として、
途上国や紛争地帯に入っていく場合は、
自分は絶対に死んではならない、と肝に銘じて仕事をしている。

「紛争地帯での仕事は「死んではならない」」より引用)

 

 

アフリカにせよ中東にせよ、そのような危険地帯にまで足を運ぶ人は、何かしらの強い使命を持ち活動しています。自分の仕事と真剣に向き合っている人ほど、「自分が死んだ時にどれだけの迷惑を現地にかけるか」理解しているのです。

 

最も被害を受けるのは、自分が助けたいと思っている現地の住民たち。だからこそ、アフリカや中東の紛争地をはじめ、危険地帯で活動する人は「絶対に死んではならない」と肝に銘じています。

 

 

危険地帯で活動するプロは、念には念の、さらにまた念を入れている

また、アフリカのソマリアをはじめ、紛争地での武装解除に取り組む瀬谷ルミ子さんは、著者『職業は武装解除』の中でこのように語っています。

 

紛争地の宿泊先では、いざというときに脱出する経路を考えておく。日本大使館員時代にアフガニスタンで住んでいた家の場合は、襲撃されたときに隠れられる場所を確保していたし、外から分かりにくく屋根をつたって逃げる方法などを何通りかシミュレーションしていた。

自爆テロや迫撃砲などが飛んでくる可能性のある場所に泊まるときは、爆発で窓が割れたときのために、部屋に厚手のカーテンをかけていつも窓を閉めておく。そしてベッドは絶対に窓の側には置かない。

 

 

プロ中のプロは、万が一にでも「コト」が起きてしまった場合を想定し、危険地帯での活動時は徹底した安全管理を心がけています。

 

危険地帯とは呼べないまでも、去年7月、バングラデシュ首都ダッカで日本人7名が殺害される事件が起きました。その後、バングラデシュで働く邦人は、その多くが帰国を余儀なくされました。

 

亡くなられた方をここで批判するつもりはありませんが、事件によって支援やビジネスが止まり、バングラデシュの人たちにも影響が出てしまったことを僕たちは忘れてはなりません。

 

 

”死”が身近にあるからこそ、命の重みを真に知っている。

 

西アフリカのベナンで働く内藤さんのツイート。長くアフリカで生活する人だからこその視点です。

 

僕の経験を話せば、アフリカで紛争被害者(難民や元子ども兵など)をはじめ、社会的、いや世界的に最も弱い立場に置かれた人の支援に携わっていると、日本よりもよほど近くに「死」があることを痛感します。

 

僕がアフリカで働いている間にも、南スーダン難民のシングルマザーが自殺されました。

本当の苦しみは、表には現れない。-南スーダン難民、シングルマザーの自殺 - 原貫太のブログ

 

日本で生活している限り、日常生活の中で「死」を考える機会は、ほぼありません。しかし、生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされている人たちとアフリカで向き合っていると、否応なしに「命の価値」を考えさせられます。

 

いつ命が狙われるかも分からない危険地帯で働いている人であれば、なおさらでしょう。

 

 

さいごに

「アフリカの危険地帯に足を運んで、自分の目で世界の現状を確かめたい!」「俺は世界一周しているときに、アフリカの〇〇に足を踏み入れたんだぜ。」

 

”危険地帯に足を運ぶ”ということを、英雄気取りで語る人が時々いますが、僕はそんな人たちに対し、批判的な立場を取ります。その理由は、この記事で書いた通りです。

 

アフリカや中東の危険地域では、真剣に活動している人こそ、絶対に死んではならないことを肝に銘じています。

 

僕はこれからもアフリカに何度も足を運ぶ生活が続きますが、”真のプロフェッショナル”になるために、今一度現地での安全管理を考えるようにしたいです。