原貫太の国際協力ブログ

フリーランス国際協力師原貫太のブログです。国際協力やNPO・NGO、アフリカ、社会問題などのテーマを中心に解説しています。

世界平和を望む人が99%なのに戦争がなくならない理由【アフリカで考えた】

世界平和を望む人が99.9%、戦争を起こす人はたったの0.1%。いや、それよりもっと少ないかもしれない。

 

なのに、なぜ世界は平和にならないのか?その理由は、軍隊や軍需産業、政治家など、戦争を起こしている人たちが本気で戦争をやっている一方で、平和を望んでいる人たち同士は連帯ができておらず、本気になって平和を創ろうとはしていないからです。

 

フリーランス国際協力師の原貫太(@kantahara)です。学生の時から戦争によって虐げられるアフリカの人々を支援してきました。

 

14年間も反政府軍に拘束されていた元子ども兵士の女性。目の前で両親を銃殺されたと涙ながらに語る10歳の女の子。

 

彼らの”ナマ”の声を聞いてきた人間だからこそ、平和とは何か、世界が平和になるためにはどうすればいいのか、真剣に考え続けてきました。

戦争が無くならない理由

南スーダンの戦争から逃れた難民の女性に話を聞く原貫太

 

どうしたら世界は平和になるのか?なぜ戦争はいつまでもなくならないのか?

 

そんな疑問を持っている人に、アフリカでの支援活動に携わる中で僕が見つけた「平和を創り出す方法」をお伝えします。

  

 

世界平和とは、どんな状態を指すのか?

世界が平和にならない理由

学生の頃、戦争から逃げてきた南スーダン難民の支援をしていた

 

そもそも世界平和とは、どんな状態を指すのでしょうか?どんな状態なら世界平和が実現されていると言えるのでしょうか?

 

僕のように国際協力に携わる多くの人が、「平和な社会を創りたい」と思い、行動を起こしています。

 

しかし、「そもそも平和とは何か?」と質問された時、答えは人それぞれです。もしかしたら上手く言語化できない人もいるかもしれません。

 

世界平和と一言で表しても、その定義は様々です。人によっては「世界から戦争がなくなった状態」を世界平和と定義するし、また別の人は「戦争だけではなく、貧困や経済格差による『構造的な暴力』がなくなった状態」を世界平和と考えています。

 

僕が定義する世界平和は、「不条理の無い世界=生活と権利が保障され、誰もが自分で未来を決められる社会」です。これは、僕が学生時代に設立した国際協力NGOのビジョンにもなっています。

 

世界中のどんな環境に生まれた人であっても、衣食住の生活や教育を受ける権利、政治に参加する権利が保障された社会。そして、自分の意志を持ち、自分で未来を決められる社会。

 

それが、世界平和が実現した後に待っている社会だと僕は考えています。

 

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平和の反対は戦争ではなく暴力だ【積極的平和・消極的平和とは何か】 - 原貫太のブログ

 

 

でも、いつまでも世界は平和にならない

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南スーダンの戦争から逃れた難民の赤ちゃん。戦争で傷つくのは、いつの時代も女性や子どもたちだ。

 

でも、世界を見渡せば戦争に脅えながら生活をする人々が、今この瞬間もどこかにいます。あなたがこの記事を読んでいる今まさにこの瞬間にも、空爆におびえながら生活している人が世界のどこかにはいるかもしれません。

 

例えば2011年に始まったシリア内戦。その犠牲者は、2019年3月時点で34万人を超えています。そのうち10万人以上が民間人と言われており、犠牲者の中には女性や子どもがたくさん含まれています。

 

アフリカの南スーダンで起きている戦争も、いまだに終わりが見えません。戦争によって200万人以上の難民が故郷を追われ、僕が活動している隣国ウガンダだけでも100万人以上が避難しています。

 

難民の中にはキリスト教を信仰する人も多いですが、クリスマスまでに彼らが母国に帰還できる見込みは、もはや絶望的でしょう。

 

いつの時代も、どんな国でも、戦争によって一番の被害を受けているのは女性や子供など社会的に弱い立場に置かれた人たちです。

 

シリアや南スーダンで起きている戦争は、世界で起きている戦争のほんの一部に過ぎません。規模の小さい紛争や、まだ武力紛争とまでは至ってない対立も含めると、数え切れないほどたくさんの”戦争”が世界で起きています。

 

僕が生まれた1994年にも、ルワンダやユーゴスラビアで戦争が起きていました。そしてきっと、僕が死んでいく日にも、どこかで戦争が起きていると思います。

 

現実を見れば、世界平和など到底不可能に思えるくらい、世界では戦争が続いています。

 

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なぜ世界から戦争はなくならないのか?

世界が平和にならない理由

ウガンダの子供たちと筆者

 

なぜ世界から戦争はなくならないのか?人類が誕生した時から、ずっと考え続けられてきた問いです。世界の名だたる研究者が一堂に会しても、簡単に答えを導き出すことはできません。

 

それでも、戦争がなくならない理由の一端を理解することはできます。例えば僕が活動するアフリカでは、戦争の背景には明らかに合理的な理由が存在しています。

 

「アフリカの内戦がなくならない2つの原因【アフリカの中ではなく、外を見よう】」という記事では、植民地支配から脱却して数十年が経つにもかかわらず、いまだにアフリカで戦争がなくならない原因を解説しました。

 

そこでは欧米諸国によって数百年にわたりアフリカが従属させられてきた歴史だけではなく、先進国とアフリカとの間にある経済的・政治的なシステムを解説しました。

 

戦争は、ただ人々が憎しみ合って起きるだけのものではありません。戦争を起こす人たちには何らかの合理的な理由、そしてその多くは経済的・政治的に合理的な理由があって戦争を始めるのです。

 

この記事で詳細は述べませんが、「戦争がなくならない理由」の一端を知りたい人は、以下の記事もあわせて読んでください。

「アフリカの内戦がなくならない2つの原因【アフリカの中ではなく、外を見よう】」

 

 

僕が「平和を創る」を仕事にすると決めた、ある女性との出会い

世界が平和にならない理由

元少女兵士のアイーシャさんにインタビューを行った時の様子


僕が国際協力の道に進み、「平和を創る」を仕事にしようと思ったのは、アフリカである一人の女性と出会ったことがきっかけです。

 

東アフリカに位置するウガンダ共和国。大学4年生で初めてこの国を訪れた僕は、そこで元少女兵士のアイ―シャさんと出会いました。 

 

20年以上戦争が続いたウガンダ

アフリカ東部に位置する国、ウガンダ共和国。この国の北部では、1980年代後半から20年以上にわたって続いた戦争の影響により、衣食住といった人間としての基本的ニーズを満たせずに暮らす人々が未だ多く残っています。

 

1990年代半ば以降、反政府組織「神の抵抗軍」による村の襲撃や子どもの誘拐が多発し、一時期は約200万人もの人々が避難民としての生活を余儀なくされました。

 

神の抵抗軍は戦力を補強するため、毎晩のように村や避難民キャンプを襲って子どもを誘拐。これがウガンダの子ども兵士問題に繋がります。

 

使い捨てられた子ども兵士たち

世界が平和にならない理由

 

誘拐された子どもたちは、強制的に兵士にさせられました。神の抵抗軍は3万人以上の子どもを誘拐し、兵力の約8割を子ども兵士に頼っていたとも言われています。

 

子ども兵士は水汲み、食事の準備、荷物運びといった雑用から、政府軍との戦闘や村の襲撃、新たな子どもの誘拐まで、多くの仕事につかされました。

 

中には、地雷原を渡る際の「人間地雷探知機」、また弾除け、つまりは「人間の盾」として利用される子どももいた聞きます。

 

少年兵だけではなく少女兵もいた

少年兵という言葉に聞き覚えがある人は多いでしょう。しかし、子ども兵士の中には女子、つまり少女兵も存在します。

 

ウガンダの戦争でも、多くの少女兵が生まれました。中には、人の兵士と強制結婚をさせられ、望まない妊娠をする子もいたようです。

 

現地の関係者からこんな話を聞きました。「神の抵抗軍は子ども兵士を洗脳するため、自分の手で肉親や兄弟、親戚を襲わせるんだ。」

 

子ども兵士に自身の家族や地元の村を襲わせることは、彼らが脱走するのを防ぐ一つの手段だったのです。その結果、戦争が終わった後も、子どもたちに帰る場所はありませんでした。

 

アイーシャさんの体験談

世界が平和にならない理由

アイーシャさん(写真右)


神の抵抗軍に14年間拘束され続けていた元少女兵、アイ―シャさん。ウガンダ北部のグルにて、彼女が僕のインタビューに応じてくれました。

 

彼女はわずか12歳で誘拐され、26歳で脱退するまでの実に14年間、望まない兵士として過ごすことを余儀なくされたのです。

 

以下は、拙著『世界を無視しない大人になるために 僕がアフリカで見た「本当の」国際支援』の中でも紹介した、彼女の従軍中の体験談です。その内容を一部紹介します。

 

-----以下『世界を無視しない大人になるために』より引用---

 

2000年12月19日の真夜中、アイーシャは反政府軍である神の抵抗軍(LRA)に誘拐された。当時、わずか12歳だった。そこには、数え切れないほど多くの困難が彼女を待ち受けていた。

 

「一日中重い荷物を持たされ、森の中を走りました。休息は夜に少し取るだけ。非常に辛く、苦しいものでした」「水も食料もない状態で、本当に辛かったです。軍隊にいる間、常に戦闘が続いていました。昔はいつ死んでもおかしくないという思いで生きていました」

 

神の抵抗軍での厳しい生活に慣れることは、非常に難しかったと彼女は話す。人が殺されるところを、数え切れないほど目の当たりにした。襲撃や、軍隊という過酷な環境に彼女を慣れさせるため、神の抵抗軍はアイーシャにその現場を見せたがっていたのだ。

 

2000年から2003年までの3年間、北部ウガンダの茂みを歩き回った。その後、ウガンダ政府軍による神の抵抗軍の掃討が勢いを増すと、ウガンダに滞在することは厳しくなる。2004年、彼女らは合計4回にわたって拠点をスーダン内へと移した。

 

「とても長い距離を歩かされて、4日間ずっと移動し続けたこともありました」。スーダンに拠点を置いている間も、越境してきたウガンダ政府軍によって何度か掃討があったため、拠点を更にコンゴ民主共和国へと移した。

 

彼女は、日夜「神の抵抗軍」と行動を共にしなければならなかった。それは、若い彼女にとって非常に辛く、苦しみを伴うものだった。

 

コンゴ民主共和国滞在時、彼女は脱走を試みる。脱走のリスクは当然大きかった。脱走に失敗して再度捕まれば、それに対する上官からの罰は非常に厳しく、非人道さを極めていた。

世界が平和にならない理由

アイーシャさんが暮らすウガンダ北部の様子


他の子ども兵が脱走することを防ぐために、脱走しようとして捕まった者は、見せしめとしてひどい罰を受けるのだ。時にそれは、命を失う事にも繋がった。「ある夜に他の仲間と脱走を試みましたが、捕まり、鞭で200回叩かれました。それからは脱走する事は諦めました」

 

コンゴの密林を、反乱軍と共に動き回る。そんな生活が長く続いたある日、彼女に子どもが産まれた。

 

少女兵の多くは、従軍中に反政府軍の兵士と強制結婚をさせられ、子どもを授かることもある。中には、兵士との性交渉中にHIVに感染し、帰還後もエイズを発症する、また穢れた存在だと差別や偏見を受け、コミュニティから疎外されるなど、社会復帰がより困難な状態に置かれる。

 

「幼い子どもを連れながら、政府軍から逃れるために茂みの中を走るのはとても大変でした」。子どもを抱き、銃を担ぎ、身の回りの物を背負い、茂みの中を走る。その辛さを言葉にすることはできないと、彼女は語る。

 

コンゴから中央アフリカ共和国に移動し、またコンゴに戻り…、そんな生活が長く続いた。2014年、彼女は政府軍に救出されたが、2000年からの実に14年間、彼女は少女兵としての生活を強いられた。

 

救出後の生活は、茂みでの生活とは全く違うと彼女は語る。「人々はお互いの権利を尊重し合っています」

 

拘束されていた頃は何も言う事ができず、ただ上官からの命令に従うしかなかった。荷物を運べと言われれば荷物を運び、村を襲えと言われれば村を襲った。命令に背けば、時には殺されるまで罰が下された。

 

「拘束から逃れて戻ってきた時、私には3人の子どもがいました。持ち物は何もありませんでした。それでも、幸せでした。拘束から逃れられた、ただそれだけで幸せに感じました」

  

援助機関で社会復帰訓練を受けている心境を、彼女はこう語る。

 

「訓練所では、多くの技術を身につけることができています。以前はずっと人に頼り、物を借りていましたが、今の自分は能力を身につけ、自分で物事を行うことができるようになってきました」

 

「ここで技術訓練や基礎教育を受けられる、その事が、今の自分を幸せにしてくれます。ここでの学びを活かし、卒業後はもう一度、自分の人生を変えたい。そして、子どもたちの未来を支えたい。そう願っています」

世界が平和にならない理由

元子ども兵たちが社会復帰の訓練を受けている様子

 

どうしたら世界は平和になるのか?

きっと多くの人にとって、ウガンダの戦争で起きた”悲劇”は受け入れがたいものだと思います。

 

でも、これは紛れもなく世界のどこかで実際に起きた話なのです。それも、今からたった20年前に。

 

世界のたった1%、いや0.01%の人間が起こすのが戦争です。実際の人数はもっと少ないでしょう。

 

残りの99.99%の人たちは、真に世界平和を望んでいるはず。それにもかかわらず、いつまでも世界が平和にならないのは、なぜなのか?

 

僕の考える理由は、シンプルです。戦争をしている1%の人間たち(軍隊・政治家・武器産業…etc)が連帯し、本気になって戦争をやっている一方で、世界平和を望む残りの99%の人たちは、お互いの結び付きが弱く、本気で平和を創ろうとは思っていないからです。

 

僕たちが今暮らしている社会には、「共通しているものを見つけようとせず、違いや欠点を見つけては批判する」という風潮が、どことなく漂っているように思えます。その姿勢が気づかぬうちに対立や争いの火種になっていることもあるでしょう。

 

違いや欠点を指摘し合うことも、もちろん大切です。しかし、それ以上に人と共通していること、共通しているビジョンに目を向けることが、他者との繋がりを作るためには欠かせません。世界平和を望む人なら、なおさら大事なことです

 

「世界平和を実現したい」と思っている人たちのビジョンは、「平和な世界を創る」という意味において、根底で必ず共通する部分があるはずです。

 

だからこそ、批判をするのではなく提言をする。世界平和とは何か、ともに、真剣に考える。そして手を取り合う。

 

お互いの違いを乗り越え、世界平和を実現するために協働できる在り方を模索することが今の世界には求められています。そして僕たちは、そのことを真剣に考えなくてはなりません。

 

【書籍紹介】僕がアフリカで見つけた、世界を平和にする方法

世界が平和にならない理由

 

誰だって、一度は思ったことがあるだろう。今この瞬間にも、世界には紛争や貧困で苦しんでいる人がいるのはなぜなのだろうと。その人たちのために、自分にできることはなんだろうと。

 

僕は、世界を無視しない大人になりたい。  —本文より抜粋

 

ある日突然誘拐されて兵士になり、戦場に立たされてきたウガンダの元子ども兵たち。終わりの見えない紛争によって故郷を追われ、命からがら逃れてきた南スーダンの難民たち。

 

そんな彼らと出会いながら、僕は本当にあるべき国際支援を考え続けた。そして、平和がいかに大切で、いかに尊いものであるかを心から実感した。

 

『世界を無視しない大人になるために』では、”世界の不条理”に苦しめられながらも、強く、そしてしなやかに生きる人々の「声なき声」を書きました。アイ―シャさんの体験談を聞いた後、僕がどんな行動を起こしていったのかも紹介しています。

 

アフリカで感じた、平和に対する想いを込めた渾身の一冊です。本当の世界平和を考えるひとつのきっかけに、ぜひ読んでいただければ幸いです。

 

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