原貫太オフィシャルブログ

アフリカでの国際協力活動から新時代の働き方、情報発信術まで。※本ブログの内容は個人の見解によるものです。

なぜ大学卒業と同時に「国際協力」やめちゃうの?-社会人になってもアフリカで難民支援

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大学生による「国際協力」がブームとなってから久しい。2017年現在、国際協力系の学生団体は日本に数え切れないほどたくさん存在する。

 

特に日本からも近く、また治安も安定している東南アジアの発展途上国へ渡航する団体は、もう本当に多い。「平和な世界を作るためには批判ではなく提言を」という記事を書くような人間なので批判はしたくないが、例えば教育支援系の学生団体なんてかなりの数存在している。

 

 

葉田甲太さん原作の映画『僕たちは世界を変えることができない』がヒットした影響だと言う人もいるが、もちろんそれ以外にも、カンボジアやフィリピンといった東南アジア行きのLCC(格安飛行機)の普及など、そもそもの海外への(経済的な)ハードルが下がったことも大きな要因だろう。ちなみに、ここで「国際協力」と「 」(かっこ)で括ったのは、"国際協力"というよりは、"国際交流"と呼ぶべき活動も多いためだ。

 

ちなみにだが、大学生による国際協力は広く人気を博していても、サハラ砂漠以南アフリカを活動対象としている組織は非常に少ない。コンフロントワールドのスタッフはほぼ全員が学生だが、ウガンダ北部における南スーダン難民支援というある種「希少な」活動をしている者たちとして、その「価値」を大いに噛みしめながら活動に邁進してほしいと願う今日この頃。

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コンフロントワールドの学生スタッフとともに行った、南スーダン難民への人道支援に向けたニーズ調査の様子。(photo by Confront World

 

 

在学中、今に至るまで途切れることなく国際協力活動に携わっている人間として、大学生として「国際協力」に携わる人、もしくは携わっていた人に質問がある。

 

 

 

なぜ大学卒業と共にやめちゃうんですか?

 

 

その一つの証拠に、ほとんどの学生団体では大学3年生末に、引退セレモニーが開かれる。俗に言う「3送会」だ。

 

活動を引退した3年生は、就職活動(人によっては進学準備)を開始する。けど、一部の人がJICAなどの大手国際協力系機関・組織を目指す一方で、ほとんどの人は大学生時代に携わった活動とは無縁の業界・職種を目指していないだろうか?

 

そして就職後、慣れない「社会人」としての生活が始まると、日々の忙しさに追われ続け、やがて国際協力や途上国支援からは離れていってしまう。学生時代に出逢った、世界中の困っている人たちの「顔」は、段々と記憶の片隅へと追いやられていってしまう。

 

 

 

これには、幾つかの原因があると思う。

 

 

一つは、「仕事としての国際協力」を知らない人が多いこと。僕も未だに聞かれることがある。「原さんもいつかはボランティア活動を辞めて就職しますよね?」。いやいやwww

 

「国際協力=ボランティア」だと、勘違いしてはいないだろうか?本記事では趣旨からずれるため割愛するが、「仕事としての国際協力」に関心ある人はこの記事を読んでほしい。

 

 

もう一つは、そもそも日本では国際協力を仕事として行うための受け皿が十分ではないこと。現実的に、新卒で国連機関やNGOに就職することはほぼ不可能なため、例えば3年間は民間企業で働き「社会人経験」を身に付けてから、国際協力の世界へと戻る人もいる。多くの場合、そのまま就職した企業に居座ってしまうことがあるようだが…。

(関連記事:「3年間は会社で社会人経験を積め」と言ってくる社会人たち

 

 

 

・・・が色々偉そうに言ってはいるものの、自分の人生を「人助け」やら「世界平和」やらには捧げられないよ!って人も当然いるわけで、その辺は僕も理解している。

どこか遠くの世界の「困っている人」よりも、自分のすぐ身の回りにいる家族や恋人を大切にしたいし、日本からは出たくないって人がいるのも当然だ。ちなみに、「そもそも国際協力にそれほど思い入れが無い人はどうなの?」という意見に関しては、文末で詳しく言及している。

 

 

だからって。だからってだ。

 

 

 

国際協力を完全に辞めて、"0"にする必要は無くないだろうか?

 

 

だって、皆さんも現地に渡航した時、もしくは日本で「世界の問題」について勉強している時、色々なことを感じたはずではないだろうか?「なぜ学校に通えない子どもがいるんだろう」「なぜ生活費を稼ぐために身体を売らなくてはならない女の子がいるのだろう」「なぜ世界には紛争に巻き込まれて死んでいく人たちがいるのだろう」…と。

 

 

僕の書籍のタイトルではないが、だったら「世界」を無視して欲しくない

 

あなたが現地で出逢ったひとり一人のことや、あなたがニュースで見聞きした世界の人々のことを、忘れてほしくない。

 

そして何よりも、自分に嘘をつくのではなく、その瞬間、そこで感じた想いと、真摯に向き合ってほしい。大切にしてほしい。

 

 

どんなに小さくたって、細くたって、国際協力は続けられるはずだ。国際協力は何も、現地に足を運んで支援活動を行うだけが国際協力ではないからだ。

 

例えば、「寄付」。寄付といっても、その方法はいくつかある。一般的なのは、お金を寄付することです。ただ、お金ではなく、自分の持っているスキルやノウハウを活かして、「時間を寄付する」方法もある。特にNPOやNGOでは、インターンやボランティアの制度が存在します。例えば週末の30分~1時間だけ、NPOやNGOの活動に充てるという方法もある。

(関連記事:世界を無視しない3つの方法 無関心を許さぬアフリカ・コンゴ紛争/紛争鉱物「大量生産・大量消費」を見直す、「シェアする」生き方(シェアリングエコノミーサービス8選)

 

 

 

ちなみに、僕が代表を務める国際協力NGOコンフロントワールドで社会人スタッフをしている荒井昭則は、某大企業で働きながらも有給と夏休みを活用し、この9月に1週間だけウガンダへとやってきた。南スーダン難民居住区に一緒に入って、難民によるサッカーチーム設立のサポートや、人道支援の実施に向けたニーズ調査を行った。

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ウガンダ北部の南スーダン難民居住区にて、荒井と。ポーズは最近ハマっているらしい「Why Japanese!?」(photo by Confront World

 

1週間という弾丸でウガンダまでやってきて、帰国した次の日からまた会社で働く。

 

 

「バカ」だ。「バカ」じゃないと、こんな無謀なスケジュールを立ててまで、日本から1万キロ以上離れたアフリカの僻地まで来ようとは思わないだろう。

 

 

でも、僕は「バカ」が好きだ。特に、バカみたいな行動力がある「バカ」が好きだ。本当に世界を変えていくのは、余計なことを考えずに、自分の想いを真っ直ぐに形にできる「バカ」たちだと思う。だから僕は、共同創業者として彼と一緒に、コンフロントワールドの活動を盛り上げていきたい。

 

 

 

最後にもう一度言う。何も完全にやめてしまって、"0"にする必要は無い。どんなに小さくたって、細くたって、身近な所からでも「国際協力」は続けられる(荒井君はちょっと特殊だけど)

 

 

忘れないようにしよう。無視しないようにしよう。「少しでも世界を良くしたい、困っている人を助けたい」と思っていた、あの日の自分のことを。

 

 

▼国際協力を身近な所から始めたい人にオススメの本

 

▼国際協力を仕事にしたい人にオススメの本

 

▼拙著もよろしくね♥

 

追記

本記事に対して意見をもらったので、追記します。

 

「仕事としての国際協力を知らない」からやめる、もしくは「国際協力を仕事として行うための受け皿が十分ではない」から辞めるのではなく、ただ「国際協力の世界」や「世界の実状」を知りたいから、自分とは異なる世界に生きる人々と交流したいから、自分の暮らしがどれだけ恵まれているかを確かめたいから、そのための手段として大学生の間は国際協力活動に携わる人もいるわけで、そういう人達からすれば、貴重な経験をした後は引退して、国際協力とは別の分野で就活・就職することはむしろ普通の流れでは?

 

まぁ、こんな記事を書いたらあたりまえに予想できる指摘ですね(笑)

 

ただ、それを書いちゃうと、今回の記事内容としては全体の流れがぶれるんですよね。それ言われたら、話終わっちゃいますもん笑(だからこそ、"~~だからって、国際協力を完全に辞めて"0"にする必要は無くないですか?"と書いたのですが・・・)

 

が、そのような人たち(ただ世界のことを知りたくて大学生の間だけ「国際協力」に触れてみた人たち)に対しても、まずは倫理的・道徳的な視点から国際協力を続けるべき理由は色々と言えるはずです。それこそ、僕が意識している言葉「苦しみはそれを見た者に義務を負わせる」です。知った者として、触れてみた者としての「責任」を、考えて欲しい。

 

加えてもっと言えば(こっちの方が大切)、グローバル化が進行してモノやカネの繋がりが深まり合っている今日は、もはや倫理的・道徳的な視点なんかを超えて、物理的(本質的?)に日本に生きる我々も世界の諸問題、例えばコンゴの紛争やスーダンの紛争を引き起こしている責任の一端を担っているから(詳細は長くなるので書きません)、「国際協力を続けるべき」と言えるはずです。

 

大学生の期間だけであったとしても、国際協力に携わったことがある人、現地に足を運んだことがある人だからこそ、果たせる役割がある。果たすべき役割がある。あくまでここで使っている「続けるべき国際協力」は、紛争地に足を運んで支援に携わるようなプロフェッショナルや、アフリカに中長期プロジェクトをマネジメントするような現地駐在員だけを表しているのではなく、むしろ「身近な所から行える国際協力」、例えば「消費者としての正しい行動を取る」とかも含まれます。

 

たしかに、僕のこの意見は一般的な視点からしたら主張が強すぎるかもしれませんが、僕だからこそこのような主張をしないとならんのです。そもそも僕のような人間は希少であり、そして世界を変えるのは、そんなに容易いことではないからです。