原貫太オフィシャルブログ

アフリカでの国際協力活動から新時代の働き方、情報発信術まで。※本ブログの内容は個人の見解によるものです。

サッカーを通じたアフリカ難民支援-大学生が見たスポーツを通じた「平和構築」



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2013年12月以降、紛争から逃れる難民が後を絶たない南スーダン。自衛隊が撤退した後、日本での報道は少なくなったが、現地では今も多くの難民が厳しい生活を強いられている。

 

今年はじめ、僕は現地で活動するNGOを通じ、合計5回にわたって南スーダン難民居住区で調査活動に従事した。人間としての最低限の生活もままならない難民の状況を目の当たりにし、「彼らの力になりたい」と心の底から思った。

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photo by Confront World

 

そして、日本に帰国してから一カ月が経った4月上旬。ウガンダ北部にある南スーダン難民居住区の現地リーダーから、「難民の若者によるサッカーチームを作りたい」という希望が僕たちのもとに伝えられた。

 

「今やれる全力の支援をしよう」と、僕が代表を務める国際協力NGOコンフロントワールドクラウドファンディングを実施。80人近い協力者からの寄付を活用して、今年9月には現地へ渡航、南スーダン難民によるサッカーチーム設立を支援することができた。

 

 

大学生が現場に足を運んで見た、スポーツが持つ「平和構築」の可能性を伝えたい。

 

 

難民の若者に活躍場所を創出したい

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photo by Confront World

 

ウガンダに避難してきた南スーダン難民の8割以上が女性、もしくは子どもと言われている。南スーダンの男性は、その多くが家を守るために最後まで母国に残ると聞いた。

 

難民居住区では、安定した雇用機会もほとんどなく、また高等教育の機会や職業訓練学校も存在しない。そのため、「働き盛り」の年齢である南スーダン難民の若い男性には、居住区で活躍する機会が少なく、フラストレーションを抱えている人もいる。

 

サッカーチームが誕生することで、一部の若者に活躍場所が生まれる。そして、他の難民の希望になることが、設立支援の一つの目的だった。

 

 

難民の願いは母国に帰ること

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photo by Kanta Hara

 

紛争によって故郷を追われ、異国の地に避難してきた難民たち。彼らの願いは、いつの日か母国に帰ることだ。

 

しかし、紛争が続いている南スーダンに安心して帰れる日は、そう近い将来には訪れない。だから、彼らに母国のアイデンティティを少しでも取り戻してほしいという想いから、提供するサッカーユニフォームには南スーダンの国旗をプリントアウトした。そして、今回の支援が日本と南スーダンの一つの架け橋になってほしいという願いを込め、日本の国旗も一緒に入れた。

 

 

ウガンダ人-南スーダン人のPeace-Building Match

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photo by Confront World

 

支援当日、用意したボールやシューズ、ユニフォームなどを難民ひとり一人に手渡しで贈呈。そして、南スーダン難民とウガンダ人ホストコミュニティによるPeace-Building Match(親善試合)を実施した。

 

ウガンダへ流入した南スーダン難民の数は100万人を超え、各種援助機関による難民支援が幅広く行われている。しかし、異国の地からやってきた「外国人」である難民へ支援が注がれる一方、ホストコミュニティ(ウガンダ北部に暮らすウガンダ人たち)もまた、経済的に貧しい生活を強いられている。そのため、「支援を受けられる難民」と「支援を受けられないホストコミュニティ」との間に軋轢が生まれていることが、一部では指摘されていた。

 

その軋轢を乗り越えるためにも、Peace-Building Matchを実施した。彼らの高い身体能力に驚かされるとともに、全力でグラウンドを駆け抜けるその姿が、日本人である私の眼にはまぶしく映った。

 

 

スポーツが持つ「平和構築」の可能性

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photo by Confront World

 

経済的に厳しい状況に置かれた南スーダンの難民。僕たちが支援を実施するまでは、唯一の娯楽ともいえるサッカーを十分に楽しめる環境が存在しなかった。

 

親善試合を行っている時には、難民居住区で暮らす子どもたちもたくさん集まった。短い時間ではあったが、紛争の辛い記憶を少しでも忘れられる場所を創れたかと思う。

 

民族や宗教の壁を越え、共通のルールの下でスボーツマンシップに則り、夢中でサッカーボールを追いかけた若者たち。彼らの心にFairness(公平性)の精神をはぐくみ、相互理解の一つのきっかけをもたらすことができたと信じ、これからも、支援の現場において、スポーツが持つ平和構築の可能性を追求していきたい。

 

 

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コンフロントワールドは、そのスタッフのほとんどが20代前半の大学生で占められる、若い組織だ。渡航費をアルバイトで稼いでいるスタッフもいる。

 

 

この取り組みが一人でも多くの人の目に触れ、国際協力の輪がさらに拡がっていけば嬉しい。

 

 

※本記事はハフポスト日本版に寄稿するため、転載元として掲載した記事です。