原貫太公式ブログ「世界まるごと解体新書」

アジア・アフリカでの活動からニュース解説記事、仕事論まで。※本ブログの内容は個人の見解によるものです。

「ウガンダ×子ども兵」という選択に対する(簡単な)考察


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認定NPO法人テラ・ルネッサンスでインターン生として働き始めてから、約2か月が経った。今年1月からは現地東アフリカのウガンダに滞在しており、14日からはテラ・ルネッサンスが元子ども兵の社会復帰施設を運営するウガンダ北部へと移動する。

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ウガンダ首都カンパラにて撮影(photo by Kanta Hara)

 

これまでテラ・ルネッサンスが取り組む子ども兵問題に関する記事をいくつも執筆してきたこと、また現在ウガンダで2度目の滞在を過ごしていることから、テラ・ルネッサンスが活動初期に「ウガンダ×子ども兵」という選択をした、一種の"賢明さ"(偉そうな言葉をすみません…他に良い言葉が見つからず…)を感じる。

 

註:もちろんこれは結果的に言えることであり、僕個人が考察しているに過ぎません。テラ・ルネッサンス創設者鬼丸さんや理事長小川さんが「ウガンダ×子ども兵」に取り組み始めた経緯は、以下の2冊をご覧ください。

 

言語面における活動のしやすさ

一つ目の、「ウガンダの選択」について。ウガンダの主要言語は英語だ。屋台の店主からタクシーの運転手まで、そのほとんどが英語を話す(小学生くらいの年齢の子どもであれば片言ではあるが話す子もいる)。テレビやラジオも英語が多く、特にラジオのDJの英語は発音もとても綺麗で、アメリカに留学していた頃のラジオを思い出すくらいだ。

 現地の人々とは英語でコミュニケーションを取ることができるため、活動がしやすい。「HIV/AIDs問題の現実-沢山の孤児を育て上げたおばあさんと夢を叶えた青年」で書いたようなインタビューも英語で行っており、多少発音などに訛りはあるものの、特に理解に苦しむことはない。

www.kantahara.com

 

学生NGOの一員としてバングラデシュで活動していた時、正直に一番苦しかったのは、言語の問題かもしれない。現地カウンターパートナーや有識者などとの打ち合わせは英語で問題無かったが、私たちがフォーカスしていたストリートチルドレンの子ども達や一部のNGO関係者は現地語(ベンガル語)しか話さないため、基本的に通訳(日本語⇔ベンガル語)を挟む必要があり、コミュニケーションを取るのが難しかった。当然、通訳を雇うのにも費用がかかる。

註①:私たちの通訳は「現地パートナー兼通訳兼ガイド」のような存在な上に、特別価格を提供してもらっていたので、雇うために費用が掛かること自体は苦ではありませんでした。お家にも泊めて頂いてありがとうございましたサディクさん…

註②:当たり前だが、現地語を習得しようと努力する必要もある。私も一時期ベンガル語を勉強していたが、現実的に現地の人々と優にコミュニケーションを取れるようにはならず、「英語でコミュニケーションが取れればいいや…」と正直に考えている所があった。

 

多くの人々の関心を掴む子ども兵問題

二つ目の、「子ども兵(問題)の選択」について。一般的には、「子ども兵」というよりも「少年兵」という言葉の方が周知されているが、いずれにせよこの問題についてどこかしらで耳にしたことがある人は多いはずだ。

註:子ども兵には男性(少年兵)のみならず、例えば性的な奴隷として搾取され女性(少女兵)も含まれる。

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子ども兵(photo by 認定NPO法人テラ・ルネッサンス)

 

子ども兵問題といえば、子ども×紛争×当事者。人々の関心=共感(同情?)を得やすい性質を持っている。

 

いわゆる国際協力の世界では、「子ども」「女性」「教育」の3つは一般的に関心度が高い(その分活動量も多い)。そして、あらゆる地球的諸課題の中でも「紛争」(戦争)に対する人々の関心度が高いのは言うまでもなく、子ども兵問題の場合はそれぞれが当事者(彼ら彼女らは加害者であり、そして被害者でもあるという複雑な立場に置かれている)であることを考えると、ひとり一人のストーリーはさらに関心=共感を得やすいだろう。

 

テラ・ルネッサンスといえば「子ども兵問題に取り組んでいるNGO」としてのイメージが強いかもしれないが、活動初期に「ウガンダ×子ども兵」という選択をしたことは、テラ・ルネッサンスが15年間でこれだけ活動の量・質を高め、そして多くの支援者(=テラ・ルネッサンスにとって社会変革のパートナー)を獲得していった一つの要因を担っていると感じた。