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原貫太公式ブログ「世界まるごと解体新書」

アジア・アフリカでの活動からニュース解説記事、ライフハックまで。原貫太が世界をまるごと解体します。

東日本大震災後の一本の電話、アフリカからの寄付-「自国第一主義」の世界で


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現在私が滞在するウガンダ共和国の隣国、ブルンジ共和国。私も2月上旬から足を運ぶ予定だ。

 

「平和を願うブルンジのハチミツ-世界から忘れられたもう一つの虐殺」「アフリカと日本を繋ぐ想い-愛する家族を失っても、平和のために闘う一人の父」で紹介したように、ブルンジでは1993年からの紛争で約30万人もの人々が亡くなり、現在でも一人当たりGDPでは世界188か国中188位、つまり世界で最も貧しい国の一つとなっている。

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子ども兵。ブルンジ紛争でも、最大14,000人の子どもたちが戦闘に駆り出されており、その多くがわずか12歳前後だったと言われている(photo by 認定NPO法人テラ・ルネッサンス)

 

私がインターン生として働く認定NPO法人テラ・ルネッサンスでは、紛争の影響を最も強く受けた地域の一つであるムランビヤ県にて、最貧困層の人々や紛争被害者の支援プロジェクトを2013年から行っている。アマホロ・ハニーと呼ばれるハチミツを通じたプロジェクトでは、「ブルンジの人々が養蜂の技術を得て、自分で生計を立てられるようにする」という目標を掲げながら、地元の人々が助け合いながら安定した生活を送る事を目指し、養蜂技術を身につけるように支援を行ってきた。

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ハチミツを生産するブルンジの人々とテラ・ルネッサンス理事長の小川真吾(photo by 認定NPO法人テラ・ルネッサンス)

 

2013年から開始したブルンジでの支援活動も少しずつ軌道に乗ってきたが、この活動開始に至るまでには、忘れらない一つのストーリーがある。

 

2000 年代に入り、ブルンジでも和平交渉が進み、2009年になってようやく反政府軍の武装解除が進み、治安も回復に向かい始めた。そしてテラ・ルネッサンスでは、2010 年にブルンジでの活動を開始する準備を始めていた。


しかし翌年、東日本大震災が発生。日本での被災者支援に注力するために、ブルンジ事業は延期することになった。当時テラ・ルネッサンスでは、国内の災害支援をする予定は無かったのだが、そのきっかけとなったのは、奇しくもブルンジの紛争で家族を失い、当時ウガンダ事務所で勤務していた現地職員トシャ・マギーからの一本の電話だった。

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日本で講演をするトシャ・マギーと小川真吾(photo by 認定NPO法人テラ・ルネッサンス

 

一本の電話 -約束を果たすために-

ブルンジ事業を開始する直前の 2011年 3月、東日本大震災が発生した。当初、私たちテラ・ルネッサンスは国内での災害支援の経験もなく、人的・資金的にも全く余裕がなかったため、東北での支援活動をする予定はなかった。

 

そんな時、ブルンジ出身で、ウガンダの元子ども兵支援に従事していた現地職員トシャ・マギーから、日本への一本の電話が入った。「津波が町を飲み込んでいる映像をニュースで見た。あんな心の優しい日本人が、遠く離れたアフリカの元子ども兵たちを支えてくれている日本の人たちが、辛い思いをしているなんて信じられない。だから、ウガンダ事務所の職員や、支援プロジェクトを卒業していった元子ども兵たちと話し合った。そして、今まで日本の人たちに助けてもらった恩返しをすると決めた」。

 

そう話す彼女は、5万円にもなる日本への寄付を集めてくれた。この5万円という金額は、ウガンダでは公務員の月給の8倍以上にもなる金額だ。


「このおカネで毛布を買ってください。きっと、東北は寒いはずだから」

そして彼女はもう一言だけ、このように付け加えた。「ところで、テラ・ルネッサンス本部はどんな支援をするの?」と。その言葉を聞き、テラ・ルネッサンスは、震災支援をやるかやらないかではなく、どのようにしてやるか、を考えるようになった。そしてブルンジ事業開始を延期してでも、東日本の復興支援に注力しようと決断した。

 

震災発生からも時間が経ち、少しずつ東北での活動も安定しつつあった2013年。ブルンジの人々との約束を果たすために、テラ・ルネッサンスはブルンジ事業を開始しようと決めた。

ブルンジでは、未だに仕事もなく、子どもに必要な衣食住さえ十分に与えることのできない人々が大勢いる。一人でも多くの命が安心して生活できることを願い、2013年度、私たちはブルンジでの事業を開始することになったのだ。

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東日本大震災の支援事業に携わるトシャ・マギーと小川真吾(photo by 認定NPO法人テラ・ルネッサンス)

 

「自国第一主義」の世界で

インターネットや飛行機の発達により、国と国との「キョリ」がますます近くなっている今日。物理的に離れた国で起きている問題に対しても、自分に何ができるのかを考え、そして行動を起こしている人々。

「国際協力」や「支援」という言葉は、しばしば「先進国→途上国」の視点で捉えられがちだが、そこには決して上下関係ではない、相互に学び、そして相互に良い影響を与え合う関係が必ず存在する。

(関連記事→「日本社会の”生きにくさ” 国際NGO駐在員がアフリカから学んだ、人と繋がる生き方(1/2)」「日本社会の”生きにくさ” 国際NGO駐在員がアフリカから学んだ、人と繋がる生き方(2/2)」

 

"アメリカを再び偉大な国へ"と、自国のことばかり考えるリーダーが登場する今日。私は、21世紀グローバル社会で生きる「地球市民」として、世界中の人と手を取り合い、平和な世界を追求する可能性を考え続けたい。

(関連記事→「「地球市民」として-戦場で暮らすアフリカの子ども兵(少年兵)と早稲田大学に通う日本の私」