原貫太オフィシャルブログ

アフリカでの国際協力活動から仕事論、情報発信術まで。※本ブログの内容は個人の見解によるものです。

「真のグローバル人材」の定義は?-先進英語圏への海外留学ばかりに目が向く日本の「グローバル」

世界に飛び出て仕事したいなら英語は必須アイテム。僕は1年間DMM英会話を続けてスピーキング能力を向上させました。まずは話すことに対する「抵抗感」を無くすことから!

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ウガンダから帰国し2週間が経ったある日。大学のラウンジで、フレッシュな1年生たちが「私もアメリカに留学したい!イギリスも良いけど、お金かかるからな~」と話しているのを聞いてしまった。

 

"スーパーグローバル大学"とだけあって、「グローバル」に生きるために、海外留学が強く推奨されているらしい。

 

 

僕自身、アメリカに留学していた時もあったが、アフリカの現場で元子ども兵や難民の支援にあたってきた今、日本で叫ばれる「グローバル人材」に対して、強い違和感を抱いている。

 

 

そもそも日本では、ほとんどの「グローバル」の定義が先進英語圏、つまりアメリカやイギリスといった国々にしか目を向けられていないように感じる。そして、グローバル人材になるには、それら英語圏への留学が強く推奨されているのだ。

 

 

あたりまえだが、海外はアメリカだけではない。私たちが暮らすアジアに加えて、アフリカや中東もある。目的を深く考えることなく、ただ社会の雰囲気に身を任せて莫大なお金と時間を捧げて留学するのは、何と言ってもコストパフォーマンスが悪すぎる。短期であれ長期であれ、中には英語のスピーキング能力を高めるためだけに海外留学する人もいるが、それであれば今の時代はオンライン英会話で十分だろう。

(関連記事:大学生が海外へ行くこと自体は、全く凄いことではない。

 

 

僕がアメリカに留学したのは、国際協力の世界をマクロな視点から学ぶため。現場で活動している人間として、しっかりと目的意識を持ち、勉強漬けの毎日を過ごした。

 

 

それでも、今になって振り返ってみると、ぶっちゃけアメリカでの留学よりも、ウガンダでのインターン/活動の方が、知識や経験を積む上でよほど価値があった。

 

 

アメリカをはじめとした先進国英語圏は、文化や言語の違いはあれど、地球レベルの広い視点で捉えれば、基本的な生活や考え方に大きな違いはない。特に日本人は、欧米的価値観に引っ張られすぎている民族のため、批判的な立場でも物事を考えられる訓練を積んでおかないと、「洗脳」の度合いがただ強くなって終わる可能性がある。

 

 

その一方で、アフリカはウガンダ、それも未発展地域の多い北部での生活は、文字通り日本とは全く違う環境に置かれていた。少なくとも海外留学できる人にとっては、日本で当たり前のように享受していた生活が、世界から見ればいかに恵まれたものであるかを肌で理解できる。

 

 

もっと言えば、ウガンダは英語圏なので、生活も仕事も全て英語だ。言語を鍛えたい人にも都合良い。 

 

その上に、英語という言語は世界的に見れば、アメリカン・イングリッシュよりも、アフリカン・イングリッシュ、インディアン・イングリッシュ、チャイニーズ・イングリッシュなど、「訛り」が効いた英語の方が「多数派」だ。だから、欧米先進国の人々よりも、第二言語として英語を話す人たちとのコミュニケーションから英語を学ぶ方が、よほど"実用的"だと思っている。

 

 

真のグローバル人材というのは、病的なまでに欧米中心に動いている今の世界にただ染まっていく人間ではなく、世界の大多数の人々、とりわけ途上国に生きる人々を肌で理解し、共感し、そして行動を起こすことができる人間だ。国際機関に勤める英語ペラペラなエリートが、必ずしも真のグローバル人材というわけではない。

 

 

上からも下からも、そして横からも考え、行動できる人間になりたい。

 

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