原貫太オフィシャルブログ

アフリカでの国際協力活動から新時代の働き方、情報発信術まで。※本ブログの内容は個人の見解によるものです。

原貫太1.0が生まれた日

暖房の効いた部屋で、冷めきったコーヒーを飲みながら、5年後の自分を想像してみた。

 

 

2023年。僕は28歳になっている。きっと、まだアフリカにいるだろう。20代は現場に立ち続けているはずだが、恐らく場所はウガンダではない。コンゴ民主共和国か、中央アフリカ共和国だろうか。

 

世界から「無視」されている地域に足を延ばし、紛争や貧困に直面する人々を支援し続けている。そんな"理想の"姿が目に浮かんだ。

 

 

コンフロントワールドは、今よりももっと大きな組織になっている。専従スタッフも増え、支援者の数は1000人を超えているはずだ。

 

 

原貫太の名前は、もっとたくさんの人たちに知れ渡っている。テレビでも活動が取り上げられ、SNSのフォロワーは5万人を超えているだろう。3冊目の書籍が本屋に並べられている。

 

 

 

原貫太は、国際協力活動をしている人。5年後、そんな認知を持つ人たちが今よりももっと、もっとたくさんいる。

 

 

 

「国際協力師たちの部屋」で書いたように、僕は国際協力を本気でやめようと思った瞬間は一度もない。きっと、国際協力という活動が今の原貫太を創り上げ、そして僕のアイデンティティを形作っているからだ。

 

 

国際協力が無くなったら、原貫太は、原貫太でなくなってしまう。

 

 

僕が国際協力を志した原体験は、フィリピンのマニラだった。物乞いをする女の子と出会ったことで、僕は世界の不条理を痛感した。ボロボロのワンピースを着た彼女は、裸の赤ん坊を抱きながら物乞いをしていた。その顔に、笑顔など存在しなかった。

 

 

彼女に何もすることができない自分の無力さが、悔しくて悔しくて仕方なかった。僕は空港のトイレに駆け込み、自然と涙を流した。

 

 

 

その瞬間、国際協力の世界に足を踏み入れることを僕は心に決めた。まさにあの日、「原貫太1.0」は生まれた。

 

 

忘れもしない、2012年2月17日。まだ僕は大学一年生だった。

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昨年5月にコンフロントワールドを起業し、自分の一生を国際協力に捧げると決めた瞬間、僕は「原貫太2.0」に生まれ変わった。

 

 

 

大学を卒業する前に、もう一度フィリピンを訪れたい。

 

 

国際協力の道を歩み始めた時、根拠のない自信に溢れていた。本気で世界を変えてやると意気込んでいた。あの頃の純粋な気持ちに、もう一度戻りたい。

 

 

大学を卒業する前に、もう一度フィリピンを訪れたい。僕がこの国の問題に直接関わる日は、来ないかもしれない。でも、国際協力を志す大きなきっかけを与えてくれたこの国を、もう一度訪れたい。

 

 

現在、polcaを使ってフィリピンの渡航費を集めています。正直に、新卒でNPOを起業する僕はお金がありません。今回の渡航はコンフロントワールドとは全く関係ないので、団体からの補助費もありません。

 

ご賛同いただける皆さま、500円で構いません。学生としての最後のわがままを聞いていただけないでしょうか。

 

 

ご協力をよろしくお願いいたします。

polca.jp