原貫太オフィシャルブログ

アフリカでの国際協力活動から仕事論、情報発信術まで。※本ブログの内容は個人の見解によるものです。

世界平和と21世紀の若者-二つの「責任」から考える

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大学2年時に学生国際協力団体「バングラデシュ国際協力隊」を立ち上げて以来、私は様々な活動を通じて通じて、理不尽な現状が今なお続いている発展途上国と向かい合ってきました。

 

1日100円にも届かない収入で、親元を離れて路上で寝泊まりしているバングラデシュのストリートチルドレン。たった一夜にして、それも私が生まれる前日に4万5千人もの罪なき人々が殺されたルワンダ虐殺の跡地。幼い頃に誘拐されて、望まない兵士として14年もの間反政府軍に拘束され続けていたウガンダの元少女兵。

 

実際に現地へと足を運んで、五感を使ってその現状を目の当たりにしているからこそ、そこに生きている人々と接しているからこそ、私は痛いほどに、この世界の不条理を感じます。

 

その一方で、日本へと帰ってくれば、友達との他愛無い話に花を咲かせ、自分の思う存分に勉強をし、そして家族と温かい時間を過ごす。そんな「平和」な日々を送ることができます。世界の不条理なんて、気にしなくたって生きていけるんだと。

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見世物として物乞いに利用される少年。レンタルチャイルドと呼ばれ、子供が物乞いの為に貸し借りされる。(バングラデシュにて筆者撮影)

 

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駅で寝泊まりし、昼間は荷物運びの仕事をする少年たち。彼らの収入は1日約100円。日中は働かないと生活していくことができなくなるため、学校には通っていない。(バングラデシュにて筆者撮影)

 

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 電車が通る線路沿いのスラム。ここで暮らす子どたちの中には、時として電車の下敷きになり亡くなってしまう子もいるとのことだ。(バングラデシュにて筆者撮影)

 

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ポリオ(小児性まひ)を患っているにも関わらず、地面に寝かせられて物乞いに使われている男の子。彼の横には通りを歩く人々がお金を入れるためのバケツが設置してあり、定期的に周囲の大人がいくら稼げているのかを確認していた。このような物乞いの背景には、マフィアやギャンググループがいることもある(バングラデシュにて筆者撮影)

 

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社会復帰施設で技術訓練に励んでいる元子ども兵の生徒たち。多くの場合、ある日突然誘拐された彼らの初めての「任務」として、親や兄弟を殺すことが強要される。(写真:認定NPO法人テラ・ルネッサンス)

  

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約2万人が殺害されたルワンダ虐殺の跡地。この記念館には、多くの人骨や犠牲者の衣服が残っている(ルワンダにて筆者撮影)

 

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虐殺の跡地に安置された犠牲者の頭蓋骨。100日間で80万人が虐殺された(ルワンダにて筆者撮影)

 

 

“なぜ、国際協力活動に携わるのか。世界平和の実現に向けて、日々努力し続けるのか。”

  

その理由や目的は、活動している人それぞれに、多様な形で存在するでしょう。しかし私は、21世紀という時代を生きている若者だからこそ、とりわけ平和な日本に生まれ育ち、そしてたくさんの"不条理"と向かい合っている人間だからこそ感じてしまう、二つの「責任」があります。それは、「今の時代に生まれた人間としての責任」、そして「一つの地球にいる同じ人間としての責任」です。

 

先人が紡いだ歴史の延長線上に、私の今があること

昨年7月に私は、長崎原爆被害者の方から、早稲田大学の授業を通じて直接その体験談を聴くことができました。わずか11歳で被爆し、兄弟3人で爆死した父親を探し回ったこと。戦争が終わった後も、食べる物も着る物も無く、苦しい生活が続いたこと。

 

第二次世界大戦が終わってから70年という時間が過ぎ、当時の記憶が風化しつつあるといわれる昨今。2015年の日本を生きている私にとっては、その方がお話する当時の状況を「リアル」に想像することは、この上なく難しいものでした。

 

その一方で昨夏、私は映画、とりわけ第二次世界大戦にまつわる映画をたくさん観ました。私と同じ年頃の青年が特攻隊員として亡くなり、未来への可能性を閉ざした物語。ナチスのユダヤ人大虐殺によって犠牲となった、ある家族の物語。ナチズムに対抗し自分の信念を貫き通すも、処刑台の露として消えた女子大生の物語-。

 

戦争、とりわけ第二次世界大戦に関わる話を数多く見聞きする家庭で、私の中にふと芽生えた「責任」、それが「今の時代に生まれた人間としての責任」です。

 

戦後70年が経ち、戦争を直接に体験した方々が、日々少なくなっています。その一方で、グローバル化がますます進展すると共に国際環境、とりわけ日本を取り巻く安全保障環境が大きな変化を見せ、それに伴って人々の平和に対する考え方も、少しずつ変わってきているのではないでしょうか。この記事を読むあなたにとって、平和とは何を意味するでしょうか。あなたが今生きている「世界」は、平和だと呼べるでしょうか。

 

このような時代において、私たちは何を考えるべきでしょう。その一つとして、先ほど述べた、「今の時代に生まれた人間としての責任」を私は考えたいのです。第二次世界大戦時、多くの罪なき人々の命が、儚くも散った。そこには、決して数だけでは表すことのできない、一人一人の人生があったはずです。そのことを、自分の想像力、感受性、あらゆる知覚を通して真剣に考えてみる。自分がその時代に生まれていたらどうだろうか。愛する家族や恋人を残して、死ぬことができるだろうか。自分の人生を閉ざしてまで、国のために死ねるだろうか。そこに未練、恐れ、悲しみは無いのだろうか-。

 

ナチスの罪を直視し、戦後ドイツの周辺国との和解に大きな貢献を果たした、「ドイツの良心」とも称えられるワイツゼッカー元ドイツ大統領は、第二次世界大戦でのドイツ敗戦40周年にあたった1985年5月8日、連邦議会で以下のような演説を行いました。

 

今日の人口の大部分はあの当時子どもだったか、まだ生まれていませんでした。この人たちは自ら手を下していない行為について自らの罪を告白することはできません。

ドイツ人であるというだけの理由で、粗布(あらぬの)の質素な服をまとって悔い改めるのを期待することは、感情を持った人間にできることではありません。しかしながら先人は彼らに容易ならざる遺産を残したのであります。

罪の有無、老幼いずれを問わず、われわれ全員が過去を引き受けねばなりません。だれもが過去からの帰結に関わり合っており、過去に対する責任を負わされております。

問題は過去を克服することではありません。さようなことができるわけはありません。後になって過去を変えたり、起こらなかったことにするわけにはまいりません。しかし過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となります。非人間的な行為を心に刻もうとしない者は、またそうした危険に陥りやすいのです。(引用元サイト:ワイツゼッカー氏と安倍首相の落差

  

私はこの演説から、「罪の有無、老幼いずれを問わず、われわれ全員が過去を引き受けねばなりません。だれもが過去からの帰結に関わり合っており、過去に対する責任を負わされております。」「過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となります。」に特に目を向け、そして考えたいと思います。先人が紡いできた歴史の延長線上に、今の私たちが生きている世界の「平和」が存在していること。そのあたりまえを決して忘れることなく、胸に刻むこと、刻み続けること。今は亡き人々の”声なき声”に耳を傾け、平和とは何なのか、真剣に考えること、考え続けること。そして、平和な日々を創り続けていくこと。それが、「今の時代に生まれた人間としての責任」と向き合い、そして果たすことになると、私は思います。

 

「理解」すること、「自覚」すること

もう一つ私が考えたい「責任」は、「一つの地球に生きる同じ人間としての責任」というものです。

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技術訓練に臨む、ウガンダの元子ども兵

 

戦争の背景や規模は異なっているにしても、今まさにこの瞬間も戦争(紛争)下に置かれ、不条理な苦しみ、痛みに追いやられている人々がいること。そしてまた、戦争・紛争ではないにせよ、平和とは決して呼べない状況下での生活を余儀なくされている人々がいること。

 

あなたにとって、「他者」という概念は、何を意味しているでしょうか。その「他者」にも、あなたと同じように感情があり、知覚があり、人格があり、人生があるということを、「理解」できるでしょうか。「あたりまえだ」とあなたは言うかもしれません。では、もしその「理解」があたりまえにできるのであれば、今まさにこの瞬間にも不条理に追いやられている人々を、それと同じ「他者」として認識できるでしょうか。

 

そしてまた、グローバル化が進展し、世界中のあらゆる出来事が繋がりを強め合っている今日、果たして彼らを「どこか遠い国の可哀想な人たち」で終わらせてしまって良いのでしょうか。彼らのような社会的(世界的)弱者を生み出してしまっている世界の構造に対し、私たちは何一つ「責任」は無いと、あなたは言い切ることが出来るのでしょうか。

 

例えば、今私たちが使っている、いやあなたがこの記事を読むのに使用しているスマートフォンやパソコン。これら精密機器に使われている金属が、紛争が続くコンゴ民主共和国の鉱山から、学校にも通っていない子どもたちの手、つまり児童労働によって採掘されたものかもしえない。今私たちが着ている洋服。この洋服が、劣悪な労働環境下にあるバングラデシュの縫製工場で、賃金もろくに支払われていないお母さんたちの手によって作られたものかもしれない。そんなちょっとした「繋がり」を、私たちは無視していいのでしょうか。いや、無視できるでしょうか。

 

「一つの地球に生きる同じ人間としての責任」。あまりに抽象的で、考えることが難しい概念かもしれません。しかし、地球上で生きるあらゆる人々を「他者」として認識し、「理解」すること、「理解」しようと努めること。同時に、今自分が置かれている環境に対して「自覚」を持つこと。このような過程を踏むことで、自ずとこの「責任」を感じることはできないでしょうか。

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ウガンダの子ども達

 

辞書によると「責任」とは、「立場上当然負わなければならない任務や義務」を意味するそうです。この場合、「立場」とは何なのか。本当に「当然」この任務や義務を負わなければならないのか。この抽象的で、目には見えない責任に対して、どう向き合えばいいのか。そもそも、そんな責任など存在するのだろうか。「使命感」という言葉の方が近いのではないのか。私自身、毎日葛藤し続けています。

 

ただ一つ、確かに言えることがある。それは、私のような若者は、この世界の未来を担う存在であるという事。その事をしっかりと胸に刻んで、これからも「世界平和」の実現に向けて、全身全霊"世界の不条理"に挑戦し続けたいと思います。

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紛争が続く南スーダンから逃れてきた難民の方と。

 

*2017年3月22日、一部修正加筆。