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原貫太公式ブログ「世界まるごと解体新書」

アジア・アフリカでの活動からニュース解説記事、ライフハックまで。原貫太が世界をまるごと解体します。

ウガンダ北部における子ども兵問題と元少女兵へのインタビュー-テラ・ルネッサンス訪問

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こんにちは。

先日、アメリカのAmazonで10$のデジカメ(もちろん中古)を発見したので即決購入したところ、無事に壊れていた上に充電器も付いてきませんでした。そんなアメリカが大好きです。

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梱包はなんとビニール袋一枚。さすが自由の国。ふりーだむ!

 

 

…とまぁふざけた内容から入ってしまったわけですが、今日はとてもシリアスな内容。ウガンダ北部グル県にて、子ども兵の社会復帰施設を運営するテラ=ルネッサンス様を訪問した際の記録とし、ウガンダ北部における子ども兵問題と、元少女兵へのインタビュー録を記します。

 

人間という生き物は、どこまで残酷になれるのでしょうか。

 

 

ウガンダ北部における子ども兵問題

アフリカ東部に位置する国ウガンダの北部では、1980年代後半から20年以上にもわたって続いた紛争の影響によって、人間としての基本的ニーズ(ベーシック・ヒューマン・ニース/Basic Human Needs)を満たせずに暮らしている人々が、未だ多く残っている。

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ウガンダ北部で撮影。

 

 

90年代半ば以降、司令官ジョゼフ・コニー率いる反政府軍「神の抵抗軍(Lord's Resistance Army/LRA)」による村の襲撃や子どもの誘拐が多発したこと、また政府による強制移住などによって、一時期では200万人近くもの人々が国内避難民としての生活を余儀なくされた。

 

「神の抵抗軍」は戦力を補強するために、毎晩のように村や避難民のキャンプを襲って子供どもを誘拐、これが「子ども兵」問題に繋がる。誘拐された子どもたちはその後、強制的によって兵士へと仕立て上げられていくのだ。神の抵抗軍は推定6万6千人もの子どもを誘拐し、兵力の約80%を子ども兵に頼っていたとも言われている。

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テラ・ルネッサンスの施設スマイルハウスの前で、筆者原と元少年兵の人人々

 

子ども兵は水汲み、食事の準備、荷物運びといった雑用から、政府軍との戦闘や村の襲撃、新たな子どもの誘拐まで、多くの仕事に従事させられた。また、地雷原を渡る際の「人間地雷探知機」として利用されるケースや、女の子の場合、性的な奴隷として使われたケースや兵士との強制結婚をさせられたケースまでも多く存在する。

 

「神の抵抗軍は子ども兵を洗脳するために、自分の手で、肉親や兄弟、親戚を殺させるんだ」テラ・ルネッサンスウガンダ事務所所長のジミーさんは、そう語った。

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テラ・ルネッサンスウガンダ事務所に通う子どもたち

 

家族を殺させること、地元の村を襲わせることは、子ども兵が脱走するのを防ぐための、「神の抵抗軍」による一つの手段にもなった。時には家族や親せきの鼻や耳、唇を削ぎ落すといった残虐な行為までも強要させたと言われている。

 

結果として、子どもたちの「帰る場所」は、失われた。

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元少女兵アイ―シャさん(仮名)へのインタビュー

「神の抵抗軍」に14年もの間拘束され続けていた元少女兵、アイ―シャさん(仮名)が私のインタビューに応じてくれました。壮絶な経験を背負っているにも関わらず、その話を日本人の私に打ち明けてくれた彼女に心からの感謝を示し、ここにそれを記します。内容は、彼女の証言とウガンダ事務所の現地スタッフによる通訳に基づいています。

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インタビュー中の様子。

 

2000年12月19日の真夜中、彼女は「神の抵抗軍」に突然誘拐された。当時彼女は、まだ12歳だった。

「拘束された時から、密林を歩き回る生活が始まりました」そこには数え切れないほど多くの困難が彼女を待ち受けていたのだ。

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子ども兵(photo by 認定NPO法人テラ・ルネッサンス)

 

「一日中重い荷物を持たされ、森の中を走りました。休息は夜に少し取るだけ。非常に辛く、苦しいものでした」この厳しい生活に慣れることは非常に難しかったと、彼女は私に語る。

人が殺される所を、何度も目撃した。「神の抵抗軍」は、アイ―シャに人殺しの現場を見せたがっていたのだ。

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ウガンダ首都カンパラの様子

 

誘拐された2000年から、2003年までの3年間は、ウガンダ北部の茂みを歩き回る生活が続いた。その後、ウガンダ政府軍による「神の抵抗軍」の掃討が勢いを増してくると、ウガンダで生活をすることは難しくなる。そして2004年、彼女を含む神の抵抗軍は、合計4回にわたって拠点をスーダン内へと移した。

 

スーダンに拠点を置いている間も、何度かウガンダ政府軍による掃討があったため、拠点をさらに隣国のコンゴ民主共和国へと移した。2006年のことだ。アイーシャさんは、いつも「神の抵抗軍」と行動を共にしなければならなかった。それは、まだ幼い彼女にとっては非常に辛く、苦しいものだった。

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グル市内

 

コンゴ民主共和国滞在時、彼女は脱走を試みる。脱走のリスクは、当然大きかった。脱走に失敗してもう一度捕まれば、それに対する罰は非常に厳しく、非人道さを極めていたという。時にそれは、命を失うことにまで繋がった。

「ある夜に他の仲間と脱走を試みましたが、捕まり、鞭で200回叩かれました。それからは脱走する事は諦めました」

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コンゴの密林を、「神の抵抗軍」と共に動き回る。そんな生活が長く続いたある日、彼女に子どもが産まれる。幼い子どもを連れながら、ウガンダ政府軍から逃れるために茂みの中を走るのは、耐えきれないほど辛かったと彼女は語る。子どもを抱き、銃を担ぎ、身の回りの物を背負い、茂みの中を走る。筆舌に尽くしがたいほど、辛かった。

 

コンゴ民主共和国から中央アフリカ共和国に移動し、またコンゴに戻り…、そんな生活が長く続いた。2014年、彼女は政府軍に救出されたが、2000年に「神の抵抗軍」に誘拐された時からの合計14年間、アイーシャさんは「少女兵」としての生活を強いられたのだった。

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ウガンダの子どもたちと原

 

ウガンダ政府軍に救出されてからの生活は、茂みの中での生活とは全く違うと彼女は話す。「ここでは、人々はお互いの権利を尊重し合い、私たちは守られています」。「神の抵抗軍」に拘束されていた頃は何も発言することが出来ず、ただただ、上官からの命令に従うほかなかった。「荷物を運べ」と言われれば荷物を運び、「村を襲え」と言われれば村を襲った。命令に背けば、時には殺されるまで、罰が下された。

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拘束から逃れ戻ってきた時、アイーシャさんには3人の子どもがいた。持ち物は何も無かった。それでも、彼女は幸せだったという。「神の抵抗軍」の拘束から逃れることができた、ただそれだけで、幸せに感じられた。

 

「今はテラ=ルネッサンスで技術訓練や基礎教育を受けられる。そのことが、今の私を幸せにしてくれます。ここでの学びを活かして、テラ・ルネッサンス卒業後は、もう一度自分の人生を変えたい。そして、子どもたちの未来を支えたい。そう願っています」

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アイーシャさんと子ども

 

(終わり)

 

アフリカの子ども兵問題に関心ある人は、以下2冊(特に『ぼくは13歳、職業、兵士』)は必読です。

 

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*2017年3月20日、一部修正・加筆。