原貫太オフィシャルブログ

アフリカでの国際協力活動から新時代の働き方、情報発信術まで。※本ブログの内容は個人の見解によるものです。

【ルポ】14年を反政府軍で過ごした元少女兵-アフリカにおける子ども兵問題の実態

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たくさんの人から、

 

 

「なぜ原さんはアフリカで活動するのですか?」

 

 

と訊かれる。

 

 

僕が初めてアフリカへと足を運んだのは、アメリカ留学中(大学3年夏〜大学4年夏)の冬休みだった。約3週間、ルワンダとウガンダを一人で旅し、虐殺の跡地やHIV/エイズ孤児院の訪問に加えて、認定NPO法人テラ・ルネッサンスがウガンダ北部で運営する元子ども兵の社会復帰支援施設を訪問した。

 

 

そこで僕は、一人の女性と出会う。元少女兵のアイ―シャさん(仮名)だ。

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アイーシャさん(写真右の女性)

 

以下では、僕がアイ―シャさんと出会った時の記録をまとめている。なぜ彼女と出会ったことによって、僕はアフリカでの活動へと突き動かされることになったのか。ぜひ読んでほしい。

 

※僕が国際協力の世界へと踏み込むことになったきっかけは、「国際協力のきっかけ(原体験)-フィリピンのスタディーツアーで出会ったストリートチルドレン」をご覧ください。

www.kantahara.com

 

 

ウガンダ北部における子ども兵問題

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ウガンダ北部で撮影

 

アフリカ東部に位置する国ウガンダの北部では、1980年代後半から20年以上にわたって続いた紛争の影響により、人間としての基本的ニーズ(ベーシック・ヒューマン・ニース/Basic Human Needs)を満たせずに暮らしている人々が未だ多く残っている。

 

 

 

90年代半ば以降、司令官ジョゼフ・コニー率いる反政府組織「神の抵抗軍(Lord's Resistance Army/LRA)」による村の襲撃や子どもの誘拐が多発し、また政府による強制移住なども重なって、一時期では約200万人もの人々が国内避難民としての生活を余儀なくされた。

 

 

「神の抵抗軍」は戦力を補強するために、毎晩のように村や避難民のキャンプを襲って子どもを誘拐、これが「子ども兵」問題に繋がる。誘拐された子どもたちはその後、強制的に兵士へと仕立て上げられていくのだ。神の抵抗軍は推定3万人以上もの子どもを誘拐し、兵力の約80%を子ども兵に頼っていたとも言われている。

 

 

子ども兵は水汲み、食事の準備、荷物運びといった雑用から、政府軍との戦闘や村の襲撃、新たな子どもの誘拐まで、多くの仕事に従事させられた。また、地雷原を渡る際の「人間地雷探知機」や、弾除け、つまり「人間の盾」として利用されるケースもある。さらには、女子の場合、兵士との強制結婚をさせられ、望まない妊娠をすることもあったという。

 

「少年兵」という言葉に聞き覚えがある人は多いだろうが、「子ども兵」の中にはもちろん、女子、つまり「少女兵」も存在するのだ。

 

 

「神の抵抗軍は子ども兵を洗脳するために、自分の手で、肉親や兄弟、親戚を殺させるんだ」テラ・ルネッサンスウガンダ事務所長のジミーさんは、そう語った。

 

 

家族を殺させること、地元の村を襲わせることは、子ども兵が脱走するのを防ぐための「神の抵抗軍」による一つの手段だった。時には、家族や親せきの鼻や耳、唇を削ぎ落すといった残虐な行為までも強要させたと言われている。

 

 

結果として、子どもたちの「帰る場所」は失われた。

 

 

元少女兵アイ―シャさん(仮名)へのインタビュー

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インタビュー中の様子

 

「神の抵抗軍」に14年もの間拘束され続けていた元少女兵、アイ―シャさん(仮名)が僕のインタビューに応じてくれた。壮絶な経験を背負っているにも関わらず、その話を日本人の学生である僕に打ち明けてくれた彼女に心からの感謝を示し、ここにそれを記す。内容は、彼女の証言とウガンダ事務所の現地スタッフによる通訳に基づいています。

 

 

 

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2000年12月19日の真夜中、彼女は「神の抵抗軍」に誘拐された。当時彼女は、まだ12歳だった。

 

「拘束された時から、密林を歩き回る生活が始まりました」そこには数え切れないほど多くの困難が彼女を待ち受けていた。

 

 

 

「一日中重い荷物を持たされ、森の中を走りました。休息は夜に少し取るだけ。非常に辛く、苦しいものでした」この厳しい生活に慣れることは非常に難しかったと彼女は僕に語る。

 

 

人が殺される所を、何度も目撃した。「神の抵抗軍」は、アイ―シャに人殺しの現場を見せたがっていたのだ。

 

誘拐された2000年から2003年までの3年間、ウガンダ北部の茂みを歩き回る生活が続いた。その後、ウガンダ政府軍による「神の抵抗軍」の掃討が勢いを増してくると、ウガンダでの生活が難しくなる。2004年、彼女を含む神の抵抗軍の兵士たちは、合計4回にわたって拠点をスーダン内へ移した。

 

 

スーダンに拠点を置いている間も、何度か越境してきたウガンダ政府軍による掃討があったため、拠点をさらに隣国のコンゴ民主共和国へと移した。2006年のことだ。

 

 

アイーシャさんは、「神の抵抗軍」と常に行動を共にしなければならなかった。それは、まだ幼い彼女にとっては非常に辛く、苦しいものだった。

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ウガンダ北部・グル市内

 

コンゴ民主共和国滞在時、彼女は脱走を試みる。脱走のリスクは大きかった。脱走に失敗し捕まれば、それに対する罰は非常に厳しく、非人道さを極めていたという。時にそれは、命を失うことにも繋がった。

 

「ある夜に他の仲間と脱走を試みましたが、捕まり、鞭で200回叩かれました。それからは脱走する事は諦めました」

 

 

コンゴの密林を、「神の抵抗軍」と共に走り回る。そんな生活が長く続いたある日、彼女に子どもが産まれた。幼い子どもを連れながら、ウガンダ政府軍から逃れるために茂みの中を走るのは、耐えきれないほど辛かったと彼女は語る。子どもを抱き、銃を担ぎ、身の回りの物を背負い、茂みの中を走る。筆舌に尽くしがたいほど、辛かった。

 

 

コンゴ民主共和国から中央アフリカ共和国に移動し、またコンゴに戻り…、そんな生活が長く続いた。2014年、彼女はウガンダ政府軍に救出されたが、2000年に誘拐された時から実に14年間、アイーシャさんは「少女兵」としての生活を強いられたのだった。

 

 

 

政府軍に救出されてからの生活は、茂みの中でのそれとは全く違うと彼女は話す。「ここでは、人々はお互いの権利を尊重し合い、私たちは守られています」。「神の抵抗軍」に拘束されていた頃は何も発言することが出来ず、ただただ、上官からの命令に従うほかなかった。

 

 

「荷物を運べ」と言われれば荷物を運び、「村を襲え」と言われれば村を襲った。命令に背けば、時には殺されるまで罰が下された。それはあまりにも非人道的だった。

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拘束から逃れて地元へと帰還した時、アイーシャさんには3人の子どもがいた。持ち物は何も無かった。それでも、彼女は幸せだった。「神の抵抗軍」の拘束から逃れることができた、ただそれだけで、幸せだった。

 

 

「今はテラ・ルネッサンスで技術訓練や基礎教育を受けられる。そのことが、今の私を幸せにしてくれます。ここでの学びを活かして、テラ・ルネッサンス卒業後は、もう一度自分の人生を変えたい。そして、子どもたちの未来を支えたい。そう願っています」

 

 

 

"苦しみはそれを見た者に責任を負わせる"

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アイーシャさんの壮絶な経験談を聞きながら僕は、正直にメモを取る手が震えてしまった。

 

 

アイーシャさんと出会う前にも僕は、バングラデシュでは路上で暮らすストリートチルドレンから話を聴いたり、ルワンダでは虐殺の目撃者から話を聴いたり、ウガンダではIV/エイズ遺児から話を聴いたりなど、いわゆる社会的弱者から沢山話を聴いてきた。

 

 

例えば、バングラデシュのストリートチルドレン。彼らの中には、「両親が病死して農村で暮らしが厳しくなったので、首都ダッカへと一人でやって来た。だけど、住む場所も無いし頼れる人もいない。だから毎日、学校にも通わずに、荷物運びや物乞いをして何とか日銭を稼いでいる。」といった壮絶な経験をしている子どももいる。

 

 

その一方で、厳しい生活状況に置かれながらも、彼らが時々見せてくれる笑顔や、それでも力強く生きる姿が印象的だった。

 

 

しかしながら、僕がウガンダで出会った元少女兵は、もう本当に、辛そうに悲しそうに、今にも泣き出しそうな様子で、自分の従軍中の経験を語るのだ。その姿を見ながら僕は、正直にメモを取る手が震えてしまい、インタビュー終了後にはただ一言、「Thank you for talking about your experience.(話をしてくれてありがとう。)」という言葉しかかけてあげることができなかった。

 

 

そして僕は、アイーシャさんのインタビューを終えた後に、ある言葉を思い出す。

 

 

 

"苦しみはそれを見た者に責任を負わせる"

 

 

 

フランスの哲学者ポール・リクールの言葉だ。

 

 

アイーシャさんの苦しみを見た人間として、直接話を聴いた人間として、「何か」をしなければならない。そう強く決心したことが、僕がアフリカでの活動へと本格的に関わっていくことに繋がっていく。

 

 

 『世界を無視しない大人になるために 僕がアフリカで見た「本当の」国際支援』

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「脱走を試みましたが捕まり、鞭で200回叩かれました。」

 

14年間を反政府軍で過ごした元少女兵との出会い。アフリカでの「原体験」を書いた『世界を無視しない大人になるために 僕がアフリカで見た「本当の」国際支援』。ただ僕たちが「与える」「教える」だけが国際支援のあるべき姿ではない。絶望的な状況に置かれながらも、自分たちの力で困難を乗り越えていく彼らの姿から、僕たちが学ぶべきことはたくさん存在する-。 

 

 

この本は、僕の処女作にして、渾身の力で書いた一冊。一人でも多くの人たちに届き、「世界を無視しない大人」がもっと増えてほしい。 

 

 

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